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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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七十一話 更なる危機

 今まで生きてきて、全力で走ることはあっただろうか?無いことはないだろうが、それでも遊び以外で走ったのは、授業や運動会 体育祭くらいのものだろう。

 他にあるとすれば、それは何かしらの悪い事態に見舞われている可能性を意味する。今がまさにそうだ。

 先ほど、瑞稀からメッセージがあった。助けてというたった一言ではあるが、それを見た瞬間に、駆け足から全力疾走に変えたのだ。


 あの男が狂った行動に出ようとして連絡を送った可能性を考えれば、事態は一刻を争う。奇跡的に道中の信号は全て青で、一度も止まることなく実家に到着した。

 すぐに途中で手に取っていた鍵を使って、扉を開ける。俺の目に飛び込んできたのは、瑞稀がクソ野郎にマウントを取られて、服を脱がされているところだった。


「テメッ、なんっ──」


 奴は俺を見るなり何かを言おうとしたが、その続きを発することはなかった。いや、できなかったというべきか。

 今まさに瑞稀が手を出されているところを、こちらがわざわざ待ってやる必要はなく、俺は全力でその顔面を殴り飛ばした。


 奴がその衝撃で身体を倒したので、その胸ぐらを掴んで瑞稀から引き剥がす。


「──ッのクソガキが!」


 思い切り殴られたことで口の中が切れたらしく、激昂したクソ野郎は口から血を垂らしていた。更にその左頬をフックの要領で殴り、追撃に右足で鼻っ柱に膝蹴りをかました。

 尻餅を着いたままなら、例え身長が高くても問題はない。多少低いため拳を振るにはやりづらいが、それなら足を使えば良いだけの話だ。


 クソ野郎は蹴られた勢いのまま仰け反って、片肘でなんとか身体を支えている。もう片方の手で自らの鼻を押さえながら、痛みに呻いていた。


 俺はチラリと瑞稀に目を向けると、涙を流しながら怯えたように身体を丸めている瑞稀が目に映った。

 髪と服は乱され顔には赤く手の跡も付いており、ズボンも中途半端に下げられたままだ。すんでのところで間に合ったということだろう。

 しかし、顔には濡れたようた汚れもあり、そういう意味では間に合っていなかったのかもしれない。


 頭には更に血が上り、呻きながら立ち上がったクソ野郎の腹に、突くような蹴りを放つ。その勢いのまま後ろに蹴飛ばされたクソ野郎の顎を、下から蹴り上げる。

 大きな音を立てながら廊下に倒れ込んだクソ野郎に馬乗りになろうと近付いたところで、リビングから誰かが走ってきた。誰かといっても母さんしかいないわけだが。


「なにしてるの!」


 今更やってきて出てきた言葉がソレだ。なにをいけしゃあしゃあと、まるでイタズラの現場でも見つけたようなセリフを吐いているのか。

 なにしてるとは、こちらの台詞なんだよ。


「なにじゃねぇんだよ!アンタ状況分かってんのか!瑞稀が襲われてんだぞ、どうして今まで出てこなかったんだ!」


「おっおそ……?」


 俺の言葉を聞いた母さんは、視線を動かして隅で震える瑞稀を捉える。すぐに駆け寄って瑞稀に声をかけるが、そんなことは今さらだ。

 なにもかもが遅すぎて話にならない。(もっと)も、それは俺も同じであろうが。


「親としての自覚はねぇのかよ!俺 散々言ったよな?別れた方が良いんじゃねぇかって!」


 怒りのままに出てくる言葉に、母さんはなにも返すことはなかった。瑞稀の背中をさすってはいるものの、そんなことでは受けた傷は癒せないだろう。

 ここまでの事態になるまで放置し続けた。それは、ある意味でクソ野郎の共犯だということになるわけだから。



 ただ、俺は冷静さを大きく欠いていた。瑞稀と母さんに意識が完全に向いており、後ろで転がっていたクソ野郎の存在を、僅かとはいえ失念していたのだ。

 それは警戒するべき相手だと、少し考えれば分かること。それを思い出した俺は、すぐにそちらに振り向いた。


 すると、クソ野郎が立ち上がりその視線が交差した。奴はそのままその拳を振り、俺の左頬を打ち抜いた。

 あまりのパワーに視界()(くら)む。


 口の中に血の味が広がり、頭がクラクラとしてまっすぐ立てない。加えて酷い頭痛もあり、強い衝撃に襲われた俺は、次の攻撃に対応ができなかった。


 クソ野郎は助走をつけて、ふらつく俺の顔面に突き飛ばすような蹴りを入れて、その勢いのまま後ろに跳んでしまい、後頭部から床に叩きつけられる。



 仰向けに倒れた後、完全にマウントをとられた俺は、奴に殴られるがまま意識を失うまで……いや、失ってからも殴られた。

 正気を失ったクソ野郎は、力一杯に拳を何度も振り下ろすのだった。


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― 新着の感想 ―
普通に逮捕やなぁ
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