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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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七十話 危機

 瑞稀が俺と一緒に父さんの方に籍を移すことが決まって二日経ち、遂に母さんにその話をする時がやってきた。俺は先に一人で実家へ向かい、父さんは後から車でやって来る。

 そう時間の掛からない内に来てしまう予定なので、それまでには話をしておくつもりだ。母さんが父さんの顔を見て、ヒステリックを起こされたら面倒だしな。


 それに、できるだけ俺一人で話を終わらせたいんだ。そう上手くいくかは分からないけどね。


 

 父さんが実家に到着する予定時間から逆算して家から出る。瑞稀が荷物をまとめている筈なので、話を終え次第父さんの車にそれらを積み込む。

 あの男が来ても嫌なので、早いとこ事を済ませてしまいたい。昨日の奴は実家に止まってはいない筈なので、最悪の事態にはならないはずだ。


 それなのに、どうしてこうも嫌な予感がするのだろうか。


 今までの事を考えれば、昼間に奴が来ることはなかった。それは今日もだろうし、実際 瑞稀からそれらしい連絡もない。

 ただの考えすぎだと信じたいが、どうしても気になって瑞稀からの連絡がないかを確認してしまう。


 そんな状態が続いて、実家へと残り三分の二というまだまだな時間(きょり)を残しているそんな折、瑞稀からメッセージが届いた。

 最悪なことに、嫌な予感が的中してしまったらしい。



 奴が実家に来たとのメッセージが届いたのだ。



 今さら急いだところで何ができるわけでもないが、それでも何もしないわけにはいかないと、歩く足を速める。さすがに部屋に行くことはないと思うけど、嫌な想像が脳裏に()ぎった。

 あまりにも落ち着かないので、駆け足気味で向かうことにした。



 ──────────



 今日はお母さんとお別れをする日だ。正確には、私がお父さんと一緒に暮らすことになる。

 私の記憶の中にあるお父さんは、とても優しかった。なんとか思い出せたのはそれだけで、やっぱりそれ以上鮮明には思い出せない。


 だから少しだけ不安はあるけど、それでも今のお母さんについていくよりはずっとマシだ。めちゃくちゃにされるかもしれない未来を、座して待つだなんて考えられないから。



 お兄ちゃんが今からこちらに来るとの連絡が来て、部屋で荷物をまとめていた時に聞こえてきたのは、誰かが家に入ってくる音だ。

 玄関からガチャリと扉の音が聞こえたけれど、お兄ちゃんが来るにはまだ早い。まさかと思いそっと部屋から出て玄関の方を窺うと、そこには母さんが愛してやまないあの人……葛彦(くずひこ)がいた。


 ビクリと心臓が跳ね上がり、怖くなって咄嗟に部屋に逃げ込む。どうせ私がここにいることは葛彦も知っているだろうし、意味のないことだろうけど、どうすれば良いのか分からなかった。



 お兄ちゃんにこの事は連絡はしたけど、予定の時間まではまだまだかかるハズ。私はただ部屋で震えながら待つことしかできなかった。

 もしあの人が部屋に来れば、私は逃げることができない。でも迂闊に外には出られないし、どうすれば良いのかと、不安と恐怖心に苛まれていた。


 とはいえ、私も人間だ。生理現象には逆らえず、訪れるのは用を足したいという感覚。お兄ちゃんに一言メッセージを送って、その後にコソッとトイレで用を足し、手を洗って部屋に向かう。

 するとその途中で、あの人と顔を合わせてしまった。最悪だ。


「やあ、おはよう瑞稀ちゃん」


「おはようございます」


 ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべながら、私に手をヒラヒラと振って挨拶をしてしてくる。葛彦と関わりたくない私は、軽く挨拶を返してその隣を通り抜ける。しかし彼は、私の肩を掴んで引き止めた。

 ゾワリと、背中に酷い寒気を感じる。


「ちょっと待ってよ、そんなに嫌がらないで欲しいな。よかったら俺と話さないか?」


「嫌です、離してください」


 気持ち悪いので、その手を払おうと身を(よじ)るも、手首を捕まれてしまい逃げられなくなってしまった。

 跡になりそうなくらいにガッシリと握られたことで痛みを感じ、思わず顔を歪めてしまう。


「おいおい、そこまでノリが悪いのはさすがに失礼じゃないか?」


「嫌なものは嫌です。痛いので離してください」


 笑ってはいるものの、どこか苛立ちを孕ませた態度の葛彦に、できるだけ毅然とした態度で返す。しかし、相手は大人の男性だ。学生(こども)で、かつ女性である私が力で敵う筈がなく、離してもらえなければずっとこのままだ。


「そんなこと言われてもな。瑞稀ちゃんが少しでも相手してくれたらいいけど」


 葛彦はそう言って、ニチャリと口角を上げた。その表情に凄まじい不快感を抱き、鳥肌が立つ。

 身が竦んで思うように動けず、拒否の言葉さえ上手く話せない。


「取り敢えずちょっと来いよ。こないだも舐めた口きいてたし、二度とそんな態度ができないようにしてやる」


「いやっ!」


 そう言って、私の手を無理やり引っ張る葛彦に対して、私は咄嗟に抵抗しその手を振り払って玄関へと走り出すが、すぐに捕まってしまった。

 そのまま押し倒されて、私は身動きがとれなくなる。


「やだ、やめて!お兄ちゃん!」


「アイツは来ねぇよ!一回やるだけだ、黙ってろ!」


 馬乗りになった葛彦は、抵抗する私の服を捲って、身体を(まさぐ)る。お母さんはこれだけ騒いでも尚こちらにやってこない。


 このままお兄ちゃんが来なければ、私は……


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