六十七話 瑞稀の選択
瑞稀との関係が、完全とまではいかないまでもそれなりに元通りになってきた。まだどこか俺の心には距離があるものの、兄妹として笑い合える日に近付いているのかもしれない。
そんな期待ともいえないが、僅かながらの前向きなことを考えていると、大事なことを伝えていないことを思い出した。
瑞稀を胸に抱いたまま、その櫛を流しながら声をかける。
「瑞稀。俺さ、もう母さんについていけない」
「えっ……うっうん」
突然の放たれた俺の言葉に悲しそうな声で返す瑞稀に、そのまま言葉を続ける。
「だからさ、俺は父さんの方に行くよ」
「えっ?父さん?」
驚いているところへ更に、これからのことを話す。父さんと一人暮らしを始めてすぐに会ったこと、今も連絡を取り合っていること、父さんにも再婚相手がいることを話した。
そして、一番聞きたかったことを、瑞稀に尋ねる。
「瑞稀は、母さんと父さん、どっちがいい?」
「えっと……」
当然だが、いきなり重要なことを聞かれた瑞稀は黙り込む。はっきりいって、今の母さんに瑞稀がついていけば、あの男に手を出されるのは時間の問題だろう。一人暮らしが間に合うなんて、そんな楽観的なことは到底思えない。
母さんはそれを知ってか知らずか、それでもあの男を家に上げているし、危うい場面もあった。むしろ、今まで強引にでも手を出されていないことの方が、不思議なくらいだと言ってもいい。
もし瑞稀が母さんを選んだとすれば、必然的にあの男に身体を捧げることと同義になる。それくらいギリギリの状況だ。
瑞稀にはそのこともしっかり説明し、その上で判断を委ねる。大事なのは、本人の意志だ。
俺の言葉を聞いた瑞稀は、しっかりとそれを飲み込んだ上で、逡巡の後に顔を上げた。背中を預かっているので、こちらからその表情は窺えない。
「まだ私は、決めれないかも。お母さんともう一回話してみないと……」
「そうか、なら次で決めた方がいいと思うぞ。アイツがいつ暴走したっておかしくないからな」
俺の言葉に瑞稀は少し不安そうな表情を浮かべながら頷いた。なんとなく、時間はあまりないような気がした。
どうか無事に終わって、楓と遊びに行きたいものだ。その時は、瑞稀と美白さんも一緒に。
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ずっと言えなかったお兄ちゃんへの謝罪の言葉を、ようやく口にできた。許さないとも忘れないとも言っていたけど、憎まれてはいないようで少しホッとする。
でも、そんなことは当然だ。人として最低なことをしたのに、まだ兄でいてくれることに感謝さえしてる。
だから、思わず思い切り泣いちゃった。久しぶりにお兄ちゃんの前で泣いた気がする、ちょっと恥ずかしいな。
でも今は、それどころじゃない。ついさっきお兄ちゃんの家から帰ってきた私は、お母さんに大事な話をしなければならない。
今回の返答が、私のこれからを決める。あんな人に汚されるくらいなら、私はお兄ちゃんを襲いたい……なんてね。
半分本気ではあるものの、実際にそれをするわけにはいかない。でもあの人は絶対に嫌だ。最悪な想像を避けるためにも、やっぱりお父さんの方に行くべきかもしれない。
実を言うと、私はお父さんのことをよく覚えていない。私に物心が付いてすぐに離婚して、離ればなれになってしまったからだ。
お兄ちゃんはお父さんが大好きみたいだけど、私はどちらでもない。ただお兄ちゃんについていきたいだけ。
でも、お母さんだって大好きなんだ。確かに今はあの人が優先になってしまっているけど、それまではずっと私のことを大切にしてくれていた。
お兄ちゃんのことも大事にしてあげて欲しいけれど、なぜかお母さんはそうしない。甘え続けていた私が言っていいことじゃないけど。
話は逸れたけど、私はお母さんに考え直してもらうように言おうと思う。これが最後のチャンスだ、私だって我が身がかわいいと思ってしまうから。
あんな人に、汚されたくはない。
リビングでお母さんに向き合った。もし私の言葉に耳を傾けてくれないというのなら、私もお兄ちゃんと同じ選択をしよう。
そのことも、きちんと含めて話をするんだ。




