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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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六十六話 謝るな

「だからもう、謝るな」


「えっ?」


 くしゃくしゃと頭を撫で回された瑞稀が、眉尻を下げたまま、窺うような上目遣いで俺の言葉を聞き返した。その目元は赤く、泣きそうになっていることがよく分かる。

 きっと、謝ることすら簡単にできないくらい悩んでいたのだろう。一年も二年もの間、俺を避け続けたわけなのだから。


 だけど、それをしたのは他でもない瑞稀だ。そんなことまで慮ってやる必要は俺にはないし、簡単に笑って済ませてやれるほど大人でもない。


 辛かったのは間違いないから。


 かといって、いつまでも引き摺られても困る。許すことも忘れることもできないが、別に辛く当たりたいわけでもない。ただ、それを教訓として欲しいだけだ。

 俺の苦しみが無駄にならないようにして欲しいというだけ。言ってしまえばエゴではあるが、それくらいのエゴは許してくれ。


「どうせ謝っても許さないんだから、これ以上謝っても意味がないってんだよ。もうやめろ、でも気にはしろ。二度と同じ間違いはするな」


 精一杯の強がりで、俺は瑞稀に語りかける。助けてもらったらちゃんと ありがとうと言うべきだし、悪いことをしたら ごめんなさいするべきなんだ。

 逃げたくなる気持ちをぐっと堪えて、頭を下げることができた。それができたならきっと、まだまだ瑞稀は前に進める筈だから。

 母さんとは違う、立派な妹だからと信じて、俺はそう言った。


 とはいえ俺も俺だ。たった一言出すまでにいったいいつまでも掛かったというのか。必死に平静を装っているが、それだけ動揺しているということだろう。

 それだけ辛かったからな。


「──分かったか?」


「……うんっ、うん!」


 ボーッと俺の顔を見つめながら、なにも言わない瑞稀に聞き返すと、目に一杯の涙を浮かべながら頷いて、堰を切ったように泣き出した。

 別になにもカッコいいことを言ったわけでもないというのに、いつまでも長々語る俺に付き合ってくれた瑞稀には感謝だな……なんて、そんなことを考える。


 しばらくの間、泣きじゃくる瑞稀を抱き締めながら、落ち着かせるために頭を撫で続けるのだった。




 ひとしきり泣いた瑞稀はその間、ずっと頭を撫でられていた。おかげでくしゃくしゃに乱れた髪はある程度落ち着きを取り戻して、先程までの見苦しさはなくなった。そういえば、疎遠になるまではよく瑞稀の髪を()いてたっけ。

 そのための櫛も持っていたのだが、アレってどこやったっけ?


 そんなことを考えたところ、瑞稀がふと顔を上げた。


「あのっ、お兄ちゃん……」


「うん?」


 考え事をしていたので、俺を呼ぶ声に一瞬遅れてしまう。


「今ね、バッグの中に、前にお兄ちゃんが使ってくれてた()があってね……?」


「えっそうなの?」


 衝撃の事実であった。アレを瑞稀に渡した覚えはないのだが、いつの間に持っていたというのか。

 もしかしたら、俺の部屋から持って行ったのかもしれない。失くしたわけではないことが分かって安心である。


 聞き返した俺に、瑞稀が首肯で返した。


「だから、それでやって欲しいなって……思って」


「よし、持ってこい」


 俺の言葉に瑞稀は頷いて、膝を着いたまま四つん這いで鞄の中を(まさぐ)る。そして取り出されたのは、小さなポーチだった。まるでちょっとした化粧品でも入ってそうな、薄い桃色のシンプルなデザイン。


 その中には、大切そうにハンカチで包まれた櫛が入っていた。久しぶりに見たなと、そんなことをのんきに考えながらそれを受け取った。


 改めて瑞稀が俺に抱きついた後、その髪を優しく梳いていく。ゆっくりと撫でるように、懐かしむようや気持ちに浸る。

 肩に少し触れる程度の長さの髪を、引っ掛からないように気を付けながら。


「お兄ちゃん」


「ん?」


 そんな中、瑞稀は俺のことを呼ぶ。手を止めずに返事をすると、俺を抱くその腕にグッと力が入った。


「──大好き」


「……ん」


 か細いその声から聞こえた言葉に、俺は素っ気なく返した。


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