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感情という錘  作者: 隆頭
第三章 家族

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六十五話 謝罪

 父さんの再婚相手である華純(かすみ)さんと顔を合わせてから数日後、俺の家にはとある人物が訪問していた。俺は彼女を、特に歓待もせずに応対し、リビングに二人で腰を下ろして向き合っていた。


「お兄ちゃんって、一人暮らしする時ってどうやったの?」


 その呼び方の通り、相手は瑞稀(みずき)だ。どうやら高校生になった時に一人暮らしをしたいらしく、そのことで俺に助言というか、アドバイス的なものを聞きにきたらしい。


 ただ瑞稀の様子を見ている限り、とてもそれだけには見えないが。


 その様子も気にはなったが、とりあえず質問に答える。と言っても、実際にやった手続きとかを改めて解説しただけだが。

 それを聞いていた瑞稀は静かに頷いていた。まぁ実際にやるとなれば、苦労したり不安になることや、分からないこともあるだろうが、それも経験だ。どうしてもという時は俺にもできることはあるだろうし、今は取り敢えず話をするだけでも、参考にはなるだろう。


「そっかぁ、私でもうまく契約できるかな……」


「いけるだろ、俺でもやれたんだからな。ただ、母さんがそれを認めるかは分からないけど」


 普通に考えて、母さんにそれをどうこう言う権利なんてないだろう。なにせ男に尻尾を振って瑞稀を蔑ろにしたんだ、自業自得というものだろう。

 それにあの男、確実に瑞稀を狙っている。ただでさえ浮気をしているというのに、更に彼女先輩(ほかのおんな)にまで手を出そうとしているんだ。女癖はかなり悪いだろう。


 というか、母さんは俺の言葉を結局無視したな。元々期待はしてなかったが、こんな結果を見ていると呆れてくる。苛立ちもしないよ。

 そんなにあの男に入れ込んでいるというのなら、もう俺の事は放っておいて欲しいもんだ。例え父さんの方に行ったとしてもな。



 ある程度話を終えて、瑞稀は気まずそうに視線を泳がせる。なにか言いたいことはあるみたいなんだが、言いづらいことなんだろうか?

 もじもじとしながら、一向に口を開かない瑞稀が面倒になったので、こちらから声をかける。


「どうした?なにか言いたいことがあるんだろ?」


「えっあっ、うん……」


 俺から話を振られたことで、瑞稀が肩をビクリと大きく震わせて頷いた。そして少し俯いて上目遣いでこちらを見た後、胸に手を当てながら目を閉じて、フゥと息を吐く。まるで心の準備をしているようだ。

 そして瑞稀は目を開けて居住まいを正し、俺の目をしっかりと見た。


「おっお兄ちゃん……あのっ、あの時……せっかく助けてくれたのに、ずっと避けるような事をして、ごめんなさい……」


 どこか苦しそうな瑞稀がたどたどしくそう言って、頭を深く下げた。なんで今更と、そう思わなくもないが、もしかしたら瑞稀なりにもずっと悩んでいたのかもしれない。


 突然のことに少し面食らいはしたが、小さくため息をした後に、その 後頭部を見ながら口を開く。


「今更だな。母さんまで使って俺をずっと一人にして、俺の顔を見れば避けて、ずっと不愉快だったよ」


 それは精一杯の強がりだった。不愉快なんてもんじゃない、本当はすごく辛かった。その悲しみは今までもずっと楔のように俺の心に刺さっていて、その苦痛を吐き出したくなったくらいだ。

 だけど、その感情もすぐに消え去った。そんなことを言ったところで、今までのことは戻らないから。


 俺の言葉に瑞稀は小さく呻き、鼻を啜るような音も聞こえる。


「恩返しをしろとは言わないけど、それでもせめて、ありがとうくらいは言って欲しかったな。無視されるのは本当に嫌な気持ちになった、それは絶対に忘れてやんねぇよ。頭上げろ」


 そう言ったが、瑞稀は頭を上げない。こんなんじゃ話しは進まないんだがな。


「頭を上げろ」


 少しだけ力を込めてもう一度言うと、瑞稀はようやく頭を上げた。どこぞの王さまってわけじゃないんだから、こんなことを言わせないで欲しいなとも思う。

 上げられたその顔を見ると、とても酷いものだった。泣くのを我慢しようとしているのだろうが、全然我慢できておらず、目元がだいぶ濡れている。

 だからだろうな、顔を上げるのが遅かったのは。


 なんとなくそれが見てられなくて、その頭を少し強めに押さえつけた。その勢いで瑞稀の髪はくしゃりと乱れる。


「このやろう、それならこの間泊まりに来た時にやるべきだったろうが。一年も二年も放置しやがって、どんだけしんどかったと思ってやがる」


「あたっ、やっ、ごっごめんなさいお兄ちゃ──」


「うるせえ、今更謝罪なんて要らねぇんだよ。いつまでも避けてくれやがってこんちくしょう、挙げ句に謝罪まで遅くて、ホントにどうしようもねぇな。絶対に許さねぇぞ、絶許(ぜっきょ)だ絶許」


「えぇぅっ……」


 本当は謝罪が要らないなどということはないが、それも強がりだ。なんなら少し泣きそうになってるクセして、それを誤魔化しているだけである。

 絶許だなんて下らない言葉を使って、無理に和ませようと慣れないことをしているところは、自分から見てもどこか滑稽だなと胸中で自嘲する。


 瑞稀の頭を乱暴(くしゃくしゃ)に撫で回した後にその手を止めると、瑞稀は眉尻を下げたままこちらを見た。


「絶対に忘れないし許さない。それだけのことをしたんだお前は。今更謝られたって納得しねぇよ。だからもう、謝るな」


「──えっ?」


 本当は謝るなと言いたかっただけだが、それをそのままに言うことは、なんとなく憚られた。無理して言葉を重ねて、やっとのことで言いたいことに漕ぎ着ける。

 なんともコスパが悪いもんだな……なんて、心の中でため息を吐いた。


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