五十八話 迷惑男
夕飯時を終えて、お客さんも大分減った時間に騒ぎを起こしたのは、かつての母さんの浮気相手であり、瑞稀に目を付けている男である。
その男の対応をしている俺と彼女先輩のところにやってきたのは、彼氏先輩であった。とりあえず状況を説明しよう。
「こちらのお客さんが、佐藤先輩に声をかけてました。手を掴んで、嫌がる先輩に無理矢理って感じで」
「やっ、無理矢理ってそんなことしてねぇだろ!」
「してましたね。少なくとも、嫌がる人の手を掴んで要望を押し付けようとするのは、無理矢理って言います」
男は苦し紛れに自分の行為を否定するが、それを俺が否定した。嘘吐くんじゃねぇっての。
「──お客様。申し訳ありませんが、当店はそういった行為はお断りしています」
「ッチ、分かってるよ。悪かった」
さすがに彼氏先輩には強気に出れないようで、男は大人しく腰を下ろした。いや普通に出てけよ。
ここまで情けない姿を晒して、よくもまぁここにいられるもんだと呆れるな。凄まじく面の皮が厚い男であるが、しかしこれ以上騒がないというのであれば、俺たちは引き下がるしかない。
正直警察を呼びたい気持ちもあるが、そうなると大事になってしまい、今日は店の営業ができなくなってしまう。ぶっちゃけお客さんが少ないので、今いるお客さんにごめんなさいして警察を呼びたい。
とはいえ、その責任は俺にはとれないし、店長がそう決めないとやるべきじゃないか。釈然としないけどな。
その後、あの男を放置してホールを回っていると、割と若い女性がやってきて、その男のテーブルに向かった。どうやら連れのようだ。
関係性は分からないが、なにやら親しげな雰囲気がある。年齢差から見て親子という感じでもないし、先輩後輩って感じでもない。あーやだやだ、そういう感じっぽいわー。
それなら母さんとはどうなったのだろうか?まさか関係を続けてるわけではないと思うが……
その後 その二人は、少しだけ食事をして店から出ていった。女の人がやって来るその時まで、なにも頼んでなかったんか。飲み物だけでも注文せーや。そんな迷惑男は、連れの女とベタベタしながら帰っていった。
ちなみに、彼らの注文や配膳、レジなどの応対は全て彼氏先輩がやってくれた。奴の顔を見ていると気分が悪くなるので、とても助かった。
そんなこんなで今日のシフトを終えて、着替えて店を出る。いつも通り二人の先輩と一緒だ。そういえば、彼女先輩は大丈夫だろうか?
「そういえば、手は大丈夫ですか?」
「手?大丈夫だよ、ほら」
先輩はそう言って、先ほど掴まれていた方の手を見せた。その綺麗な手には痣や痕もなさそうで安心する。
どうやらそこまで強い力で握られていたわけではないみたいだ。
「ふふっ、心配してくれたんだ?」
「はい。ずっと掴まれてましたから、もしかしたらと思って。でも綺麗なままで安心しました」
「おいおい、人の彼女口説くなよな」
嬉しそうに笑う彼女先輩に素直な感想を告げると、彼氏先輩が笑って背中を叩く。ツッコミを入れているが、その声色は嬉しそうだ。
俺を気に入ってくれている優しい二人に迷惑をかけた、あの男は正直許せない。しかし、俺ができることもない。願わくば、俺たちの前に二度と顔を出さないで欲しいな。
そんなことを考えた後、夕飯の用意をしながら電話をかけた。その相手は瑞稀である。
もしあの男が未だに実家に顔を出しているというのなら、今日の出来事を母さんに伝えようと思う。母さんのためではなく、瑞稀が被害を受けないようにするためだ。
『もしもしお兄ちゃん♪どうしたの?』
まだ一コール鳴ったところだというのに、弾んだ声で電話を取った瑞稀が嬉しそうに言った。それなのにわざわざ気分を害するような事は言いたくないのだが、内容が内容だけに仕方ない。
「あぁ、あの男がまだ家に来てるのか知りたくてさ。ほら、母さんの再婚相手とかって人」
俺の質問に、瑞稀が低い声で あー…と続けた。
『昨日も来たよー、もう嫌になっちゃうね。ウザいもんあの人』
その返答に、俺は頭を抱えた。そろそろ本当に父さんに連絡するように考えよう。
今更ながら、最後のチャンスだ。




