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感情という錘  作者: 隆頭
第二章 噂

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五十七話 重なる悶着

 綾坂のスマホから録音された内容が再生されて、教室が しんと静まり返る。再生を終えた綾坂がスマホをポケットにしまう。


「なにも言っていない?これだけ色々な犯罪行為ともいえることを、寺川くんがやっていたと言ったじゃないか。それが私の聞き間違いではないことは今ので証明された。昨日と今日で、どうして話が違うのかな?」


「ふざけた嘘ばかりじゃねぇかよ。イタズラにしたって(たち)が悪すぎる!」


 綾坂の表情は既に軽蔑に染まっており、和雪は怒りに染まっている。二人とも人気のある人物であることから、それに異を唱える者もいない。

 これが理不尽なものであったらば俺だって二人を止めるだろうが、むしろ理不尽なのは悪質な嘘を吹聴したこの女子生徒であり、庇う理由は見当たらない。


 あんまりにも酷いでっち上げの数々に、俺が被害を叫びたいくらいだ。もはや名誉毀損だろうこんなの。そのおかげでこっちは周りから散々な扱いを受けたというのに。


「このことは今から先生方に報告しよう。既に私ができることはないくらい、やっていることは悪質だからな。できるとしても精々、寺川くんに向けられた悪評を払拭したりするくらいか。私も彼には酷いことをしたからね。君の事は強く言えないが、だからこそやらなきゃいけないんだ」


「いやその、違うんです。私はただ怖くて……」


「怖くてでっち上げするって意味分かんねぇだろ、悪意百パーのクセしてなに言ってやがる。黙って会長さんの言うこと聞いとけ」


 この期に及んで下らない言い訳をしようとするも、それを和雪に咎められる。今の彼女に味方はいないし、逃げることもできない。

 それを理解したのか、俯いて何も言わなくなった。はっきり言って同情もできないな。


 結局彼女は綾坂に連れられて職員室に向かった。周囲の連中はヒソヒソとしながら、その背中を見送っていた。

 人の悪口なんて、安易に吹聴するものじゃないんだよな。


 信じる人が減って尚、下らない噂を流し続けたんだ。そりゃ皆からの印象も悪くなるだろう。

 もし何もペナルティがなかったとしても、このクラスに通うとなればそれなりの態度は覚悟しておくべきだろう。自分で蒔いた種である以上、それは受け入れて欲しいものだ。



 取り敢えず俺のできることはないと思い、教室を後にした。事の次第は明日になれば分かるだろう。

 少し時間を食ってしまったが、今日はバイトなのだ。これ以上時間をかけたらかなりタイトなことになってしまうので、さっさと帰路に着いた。




 バイト先に着いて二時間ほど、夕飯時を迎えてせわしなくホールを駆け回っていると、お客さんの中に一人、気になる人がいた。気になるというか、警戒しているというところだが。

 放課後にあんなことがあったというのに、余計な神経を削りたくないのだが、彼に対してはそうも言っていられない。


 なにせ、例の浮気(さいこん)相手だったのだから。


 似合わない金髪にピアス、腕にはダサいタトゥーを入れているのが目立つ。こんな大人にはなりたくないものだと思いつつ、あちらが俺に気付かないというのなら放置しておこう。

 わざわざトラブルを起こしたくはないからな。



 そうは思っていたものの、そう都合良くはいかなかった。あれから少し時間が経過して、夕食時が過ぎた頃、ピークタイムを終えた店内は静けさを取り戻していた。

 そんな中、俺は先ほどお客さんが座っていた席を片付けて、テーブルを拭いているところで、例の男が座っている方から、彼女先輩がなにやら言い合いをしている声が聞こえた。

 もちろん、相手はあの男だ。相変わらず見境のない性欲なのかと呆れてしまう。


「だから困ります!ここはそういう店じゃありませんし、私もお断りなんで!」


「そう言わないでさ、ちょっとだけだよちょっとだけ。仕事終わったら少しだけ喋ろうよ」


 奴は彼女先輩の手を掴んでなにやら詰め寄っていた。話を聞く限りナンパだろうか?いい歳こいて大学生相手にナンパするだなんて、情けなくて泣けてきそうだ。

 普通に営業妨害なので、絡まれてる彼女先輩をまずは解放するために、先輩の手を掴んでいる男の手を掴む。すると男は俺を睨みつけるなり、一瞬にして表情が強張り、先輩を掴む手を離した。


「迷惑なんでやめてもらえませんかね。これ以上は、ちょっと看過できないですから」


 相手の目をしっかりと見てそう告げる。これ以上は法的に訴えるぞという意思を持ち、毅然とした態度で向き合う。

 こちらに落ち度はないし、なんなら迷惑をかけているのは向こうだ。このご時世に嫌がる女性の手を掴むなど、訴えられてもおかしくないのだ。


「あっ、あぁ……って、君は鎮香の息子くんだよな。余計なことをするなって言ったと思うけど?」


 一瞬 動揺を見せる男だが、すぐに敵意を剥き出しにして言った。どう考えても自分が不利だというのにこんなバカな返しをしてくる辺り、正常な判断ができる状態ではないらしい。


「今は母さん関係ないですよね。ここはあくまでお店ですよ、余計なことってなんですか?具体的に教えてもらいたい」


「あっいや……って、子供のクセに偉そうな口の聞き方するなよ。店とか関係なく、大人の邪魔するな」


「そうですか。それで、余計なことってなんです?」


 俺の質問に答えられない男が論点をずらして、子供相手にイキッてくるので、もう一度質問を放り込む。唸ることしかできない男は、苦し紛れに俺を睨む。


「なにやってんだ」


「あっ、夜大(やひろ)


 騒ぎを聞き付けた彼氏先輩が、他のテーブルの方からやってきた。そっちにもお客さんがいるので、おそらく注文を聞いていたのだろう。

 彼氏先輩がやってきたことで、目の前の男はたじろいだ。


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