五十六話 積み重ねられた悪意
美白さんと話をした翌日、学校に向かうとまたも変な話が広まっていた。周囲の連中はその話について俺に聞いてきたのだが、妙に同情的な様子だった。
どうやら俺は、生徒会長に迷惑をかけたことで相当恨みを買われているらしい。
とはいえいい加減皆も呆れており、その話を広めた連中も信じてはいないようだ。じゃあ広めんなや。
しかし、よくもまぁ連続でクソみたいな話を言いふらすもんだ。それを考えた奴も、広める奴もおかしいことをしているとは考えられないらしい。
ちにみに例の女子生徒は相変わらすヘラヘラとしている。見ていると憎たらしく思えてくるので、彼女は視界から外すようにしておく。
そうして迎えた放課後、よりによって生徒会長が教室にやってきた。俺を名指しで。
その為、朝に聞いた噂もあってざわざわとしているが、彼女はそれを無視して俺の元にやってくる。
「すまないね寺川くん。いきなり押しかけてしまって」
「いえ別に、なにかあったんですか?」
「うん、君に向けた悪い噂が広まっているから、心配になって顔を見にきたんだよ。しかも、私が寺川くんに怒っているとかなんとか、迷惑な話を流した子がいるみたいでね」
そう言った綾坂は教室を見回して、例の女子生徒を捉える。彼女は会釈をして教室から出ようとするも、それをとある人物に止められる。
「なにか、あの人に話すことがあるんじゃないかな?」
「え?なんのことなの、海木原さん?」
犯人であろう彼女は首を傾げて、惚けている風を装っている。もしかしたら、本当に分からないのかも知れないが。
「良いから、ちょっと来て」
「えっえっ?」
結々美は彼女の手首をパシッと掴んで、綾坂の前まで連れてくる。そして、結々美が口を開いた。綾坂の目を見ながら。
「綾坂さん、この子です。雫のことで変な噂を流してる子は」
「ちょっ、待ってよ。私はそんなことしてないよ」
「そうかい、ありがとう海木原さん」
綾坂の目の前に放り出された彼女は、クラスの連中や俺たちからも睨まれながら、さも自分は悪くないというような態度である。
俺からすると、事の真偽よりもそれっぽい話を信じて、正義ヅラして罵倒した時点で他の連中も大差ないけどな。
「それで、君は色々と寺川くんにまつわる噂を流していたみたいだね。昨日だって、寺川くんに襲われたとかなんとかって話をしていたし。たしか去年の出来事だったかな?」
「それは、そうですけど……私 噂なんて流してませんよ」
気まずくなった彼女は、目を泳がせながら否定した。そのクセ、この期に及んで襲われたという嘘を吐いているところには、呆れを抱かざるを得ないな。
「襲われたって、嘘を吐くんじゃねぇよ。お前、去年 雫から話をされただけだろ。俺に付きまとってきて、それを注意されたからって逆ギレしたとこ、俺は見てたんだからな」
嘘を見かねた和雪が当時の事を話す。こんなところで話すには色々とややこしいが、大事な証人である。
「ちっ違うよ!私が寺川くんに襲われたのは別の日で、天野くんが見たのとは別の話だから!」
「はぁ?なに言ってんだよ、あの次の日には噂が流れてただろ」
「私も昨日、君からそんな話を聞いた気がするけどね。好きな人から振られて、それに嫉妬した寺川くんから何かされたとかって。細かい話は長くなるから省くけど、天野くんの話と似ている気がするな。話が違うんだけど、詳しく聞かせて欲しい」
和雪と綾坂からそう詰められて、その女子生徒は何も答えられなくなっている。既に周囲からの印象は最悪で、ヒソヒソと冷めきって視線を向けられているくらいだ。
「黙っていたら分からないな。君の話が根も葉もないものではないということを、きちんと聞かせて欲しいだけなんだ。まさか嘘八百で寺川くんを貶めるような噂を流したなんて、そんなわけないだろう?」
沈黙を貫く女子生徒にそう声をかける綾坂。なんとなく、暗に責めるような刺々しさを感じる。
しかし、彼女は俯いて何も言わなくなった。
「あの、私たち その子から寺川くんについての話をいつも聞かされてたんです。どこで聞いたのか分からない話を私たちに教えてくれてたんですけど、もしかして嘘だったってことですか?」
だんまりを貫く彼女の友人らしき二人が、おそるおそる綾坂にそう尋ねた。広めていたのはコイツらか。まったく面倒なことをしてくれるものだ。
「そうとは言い切れないが、彼女がちゃんと本当のことを話してくれないと、そう思ってしまうね」
綾坂は多分確信しているだろう。俺と和雪からすれば、根も葉もない噂であることは明白だが、本人がそう言わない限りは断言もしづらい。
「去年の夏頃、君の好きな人に告白した翌日に、その友人である寺川くんから呼び出されて、押し倒されたって話をしてたじゃないか。脱がされたとか、触られたと言っていたよね?他にも外で痴漢をしただとか、妹に暴力を振るったとか、苛めをしただとか、それが本当ならちゃんと裁かなきゃいけないことを言っていたじゃないか」
「なんだよそれ、嘘がすぎるだろ!」
綾坂から語られるそれに俺は、全く身に覚えがなかった。無責任に嘘を吹聴し、それをばらまいていたとなればかなり悪質だ。
それを聞いた和雪も声を荒げて、女子生徒は首を横に振って否定する。
「わっ私そんなこと言ってないですよ!確かに手は出された……とは思いますけど、それ以外にはなにも言ってません!」
「ふぅん?じゃあ、せっかくならこれを聞いてもらった方がいいかな」
言っただの言っていないだの、話が変わっている彼女の言い分に対して、綾坂はスマホを取り出して、とある録音を再生した。
そこには、先ほど綾坂が話していた内容を喋っている女子生徒の声が入っていた。




