五十二話 暗躍
あーあ、面白くないな。大嫌いな寺川のことを、ほんの少しでも追い詰めることができると思ったのに。
去年からコツコツと積み上げた、アイツの悪い噂や印象がこんなにあっさり崩れてしまうなんて残念。これが憎まれっ子世に憚るってことだろう。高校に入ってから奴が目障りで仕方ない。
あんなクソみたいな男なのに、どうしてこうも持ち直すのが早いのかは大きな謎だ。昨日も他のクラスの子が奴を連れて歩いていたので、その後ろを尾いてみれば告白されていた。
よりにもよってなんで寺川を?とは思ったけど、よく見たらその女の子は何度か名前を聞くような子だった。隠れた人気がある女の子。
ますます謎だったがこれは良いネタだと思い、二人の写真を撮って友達を通じて広めようとしたものの、なぜか写真が広がることはなかった。残念だけど、なんでだろう?
みんなおバカさんだから、私が過去に流した噂や、軽田が海木原さんに振られた嫉妬で広まった嘘を簡単に鵜呑みにして、すぐに奴にヘイトを向けるかと思ったのに、まさか身の程知らずにも自分の頭で考えちゃったのかな?
誰かを攻撃するためなら、事の真偽よりも自分が正義だと考えてすぐ悪口を言うクセに、今回は一体どういう風の吹きまわしなのやら、呆れてしまう。
どうして私が寺川を嫌いなのかというと、ただ気に入らないというのが始まりだった。どうして私よりあんなパッとしない男のほうが周りに人がいるんだってね。
ただでさえ目障りだというのに、奴の隣には私に相応しいといえるイケメン、天野 和雪くんという男の子がいた。よりにもよって、天野くんもどうしてあんな奴の隣にいるんだろうと疑問を抱く。
しかしそれでも、彼と付き合うことができれば、少しは私の評価だって正当なものになる筈だと思った。
当然だが、私は中学の時から人気があって、何人もの男の子から告白されたものだ。でもみんな、私には釣り合わない男ばっかりで、付き合うことはできなかった。
大事なのはもっともっとイケメンで、スポーツができて人気のある男の子。身長も高くて男女問わず友達がいる、爽やかで気が利く人なんだ。
私みたいな人気者からすれば、むしろこれくらいは願わなくても良いくらい自然と寄ってくる筈で、決して高望みということはない。
女なのにどうして私から告白しなきゃいけないのかは分からなかったけど、仕方ないので天野くんを呼び出して彼に告白した。私から告白すれば、きっと目を覚ますだろうから。
しかし天野くんは私の告白を断った。
最初こそ満更でもなさそうだったのに、私が寺川のことを話した瞬間、その表情は怒りに染まったのだ。激昂することはなかったけれど、許せないということははっきり伝わる態度。
確かに私は奴を悪く言ったかもしれないが、それは正当な評価だと思う。何一つ良いところもなく、悪いところばかりなんだし仕方ないはずだ。
私が怒られる筋合いはない筈だった。
私は後日も食い下がり、なんとか天野くんと付き合えないかと説得を試みるも、もはや相手にされることさえなかった。
何度も声をかけ、その度に断られる。そんなことを繰り返していると、遂に寺川が邪魔してきたのだ。なんとも醜悪で最低な奴が私に声をかけてきたものだ。
声をかけてくるだけでも身の程知らずだが、私が同じレベルの相手と付き合おうとすることを邪魔するなど、最低にも程がある。だから私は、奴のことを友達に愚痴ったんだ。
寺川が私に手を出そうとしてきた。とても嫌だったってね。
皆はすぐに私に同情して、寺川が悪い奴だという話が広まった。あっという間に孤立している奴を見ていると、とても気持ち良かった。
天野くんや海木原さん、米倉さんが奴の傍にいるのは目障りだったけど、孤立は孤立だ。笑いが止まらなかった。
今回もその時と同じようになる筈だったのに、何がダメだったんだろう。そんなことを考えながら、放課後を迎えて教室を立ち去る。寺川が追い込まれていないところを見ているのは、精神衛生上よろしくないから。
しかし、そんな私の肩を誰かが後ろから叩く。振り向くと、そこにいるのは生徒会長だった。
「少し話を聞かせて欲しいんだ。良いかな?」
私はもしかして、寺川が悪い奴だと生徒会長を通じて知らしめるチャンスではないかと思って頷いた。




