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感情という錘  作者: 隆頭
第二章 噂

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五十話 またも不穏な

 楓のお泊まりを終えて二週間は経過しただろうか、あれからすぐに期末テストが始まり、次の週には返却も終えた。俺も楓も勉強はできるのでテストは特に苦労しなかった。


 今週を終えれば夏休みを迎えるので、楓とどこかに遊びに行きたいね、なんて話もしている。それも大事だが、それよりもやらなければならないことがある。


 夏休みの間に、俺は父さんの方に籍を入れる。



 結局母さんはあれから、あの男と関係を断ち切れずにいるらしい。瑞稀曰く、家に上がることは減ったみたいで、昼間の数時間に母さんと一緒にいるだけらしい。

 瑞稀に接触することは減ったみたいだが、それでも不安なものは不安だろう。母さんも何を考えているのかは知らないが、もう呆れも通り越した。


 あれだけ考え直す機会はあった筈だ。それを全て無下にして、あんな年齢不相応な立ち振舞いの男に腰を振るなんて、もうどうしようもないだろう。

 そういうわけで、テスト絡みのことも終えたわけだし、今日の夜辺りにでも電話をしようかな?



 放課後を迎えて帰ろうと思い、荷物を持って楓に声を掛けようとしたところ、クラスメイトから声をかけられる。


「なぁ寺川、なんかお前に話があるって子が来てっけど……」


 彼はそう言って親指で指をさす。その先は教室の入り口で、そこには見覚えのない女の子がいた。

 可愛らしい女の子だが、身に覚えはないし名前も知らない。中学の時に見たことはある気がするけど、もしかしたらその子かな?

 伝えてくれた彼にお礼を言って、その子の元に向かう。


「何か用かな?俺に話があるって聞いたけど」


「あっ、うん。寺川くんに話があって……ごっごめんね、いきなりで」


「別に良いけど……」


 どこかおどおどとしたような彼女は、ここでは話がづらいことだから、着いてきて欲しいと言った。楓を置いて女の子と二人きりというのは、さすがに良くないことだ。

 せめてそのことは伝えなければならないと思って、楓に一言断りを入れる。彼女は分かったと頷いて、すぐに女の子の方に戻った。


 話す場所は校舎裏ということらしく、俺たちは靴を履き替えて外に出る。楓には校門の方で待っててもらうことにしてある。


「ごめんね、付き合わせちゃって」


「別に良いよ。それで、用件を聞きたいんだけど、いいかな?」


「あっうん。その……私のこと覚えてかな?同じ中学に通ってたんだけど」


 彼女はそう言って自分の名前を教えてくれるも、俺には記憶がない。どうやら学年は一緒だったのだが、クラスは三年通して違ったらしい。そりゃ分かんねーや。


「それにしても、なんで俺のこと知ってるんだ?むしろ結々美とか和雪の方が、名前は知られてると思うんだけど」


「そんなことないよ?寺川くんも、天野くんとか海木原さんと同じくらい有名だったんだから」


「まじか」


 初めて知って驚いた。俺の関わりは基本的にクラスメイトばかりだったので実感がない。


「えっと、それでね?今日 寺川くんに来てもらったのは……」


 彼女は自分の胸に手を当て、目を閉じて深呼吸をした。そしてパチッと目を開けて口を開いた。

 その表情には、なにか決意を感じ取れる。


「私は、寺川くんが好きです。付き合って下さい」


 彼女はそう言って頭を下げた。そう言うことかと、思わず空を仰ぐ。

 当然だが、彼女の気持ちには応えられない。


「頭を上げてくれ、そういうのは好きじゃない」


「えっうん……」


 彼女は頭を上げて、きょとんとした表情でこちらを見る。その目をしっかりと見据えて、俺は頭を下げた。

 すると、彼女は驚いたような声を出す。


「ごめん、恋人がいるから、その気持ちには応えられない」


 それは精一杯の謝罪だ。せっかく向けてくれた好意に対して、頷くわけにはいかないから。


「ぇぇぇっ、いやいや!大丈夫だよ分かってるから!お願いだから頭 上げて!ね?」


 その言葉を受けて、ゆっくりと頭を上げる。申し訳なく思うが、彼女は焦ったようにしていた。

 目を合わせると、彼女は照れたように目を逸らす。


「寺川くんに彼女がいるのは知ってるから、断られるのは分かってたよ。だけどその、せめて告白くらいはしたかったから……」


「───告白しないで後悔したくないってこと?」


「そう、だね」


 落ち込んだように彼女は俯く。その雰囲気は痛々しく見えるが、すぐに頭を上げてこちらの目を見る。


「ありがと、聞いてくれて。これで新しい恋ができるかも、なんてね」


「それは、応援してるよ」


 優しく微笑んだ彼女は、魅力的な女の子に見える。きっと彼女なら良い相手に出会える筈だ。

 そう口にすると、彼女は苦笑いする。


「しばらくはいいかな。そんなことより気になることがあってさ……寺川くんの変な噂がずっと流れてるもん」


「まぁそれは、ずっと流れてるみたいだね」


 それは今更気にすることじゃないが、心配してくれているのだろうか?彼女の表情からはそんな雰囲気が感じられた。


「私の友達にもそれを信じてる子もいて、もちろん誤解だからちゃんと話はしてるんだけどね。そんな人じゃないよって」


「そりゃ人って、噂の真偽なんてどうでもいいからね。大事なのは自分が嫌がらせをするのに正当化できるかどうかだから」


「うぅー、それなんか分かっちゃう……寺川くんも苦労してるんだね」


 苦労ってことはないのだが、確かに慣れる前は不愉快だった記憶がある。


「もし私にできることがあるなら、相談だって乗るからね」


「ありがとう」


 そんな話をして、彼女とその場を離れた。なんとなくどこからか視線を感じていたが、周囲には誰もいない。

 気のせいだと信じたいが……少し嫌な予感がするな。


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