五話 謎の噂
あれから二週間は経ち、今日も和雪と一緒に登校、教室に入ったところで周りの連中からの視線に気がついた。
いつもより増して剣呑な目を向けられ何事かと思うが、しかし気にしたところでどうしようもないのでとりあえず無視しておく。
……が、そうも言ってられない事態が発生する。
「おい寺川!てめぇ結々美に何しやがった!」
教室に入るなり軽田が怒鳴りながら掴みかかってくる。結々美とは連絡を取らないようにちゃんとブロックしてあるので、何もしようがないし、したくもない。
「てめぇのせいでアイツに振られたんだよ!脅したんだろ、俺は知ってんだ!」
「はぁ?」
「何言ってやがる軽田!雫はンなことしねぇ!」
喚く軽田の肩を和雪が掴む。
全く身に覚えのない話でキレられてまたもイライラしてくる。あの女は一体どれだけ不愉快な思いをさせてくるつもりなのか。
なんで俺はあんなヤツと付き合ってしまったんだろう。
「いや、コイツは間違いなくやった!結々美はもう別れるって言ったんだ!寺川がどうせアイツを追い詰めたんだろ!人の彼女に手ェ出しやがって!」
出したのはお前だろうと思ったが、しかし呆れて何も言う気になれなかった。
俺が何を言ったところで、コイツも周りも俺を否定し責めるだけ。時間と労力の無駄だ。
あの女に対する霞ほどに残った好意も、あっさりと無くなってしまうのは宜なることだろう。
「どう責任とるんだ!あぁ?土下座でもしてとっとと結々美から手を引けや!いつまでも未練たらしくアイツに付きまとってんじゃねぇよ陰キャの負け犬が!」
「いい加減にしろ!」
遂にキレた和雪が軽田に声を張り上げる。軽田は驚きそちらを見たものの、彼の剣幕に怯んで舌打ちをしてただ立ち去っていくことしかできなかったようだ。
ヤツの元に数人のクラスメイトが群がり、ソイツらもチラチラと俺を見てなにやら話をしている。
なるほどさっきの剣呑な視線はそういうことだったのかと、今になって理解した。
「大丈夫か雫?結々美のヤツ 一体なにしたんだ……?」
まったくもって、心当たりのない言いがかりをつけられたことに、和雪が怪訝そうな表情で言った。
「大丈夫だよ、ありがとう……もう結々美は放っておこう、関わりたくないからな」
俺の言葉に彼は暗い声色で、そうか と言って自分な席に戻って行った。去り際に励ますように肩を叩きながら。
実際何もしていないのは事実だ。俺には心当たりがないワケで、何を言われても俺の答えは " 知らない " 以外にないのだ。一体どうしろと?
そんな悶着を終え、しばらくしたら後ろから誰かの手が俺の頭を撫でた。
「おはよう寺川くん」
その誰かは米倉だった。幸い先程の出来事は知らなかったようで、彼女は変わらない優しげな声色で挨拶をした。
「おはよう」
挨拶を返すと彼女は嬉しそうに うん♪と言って席に着いた。すると、誰かが彼女の方へ向かってなにやら声をかけている。
「米倉さん、悪いことは言わないから寺川くんとは関わらない方がいいよ」
「え、どうして?」
「だって寺川くんって、元カノの海木原さんに振られたからって逆恨みしたみたいだよ。軽田くんと別れないと殴るとか言って脅したんだって」
女子生徒が米倉にそう言った。その表情は窺えないが、見たくもないので助かる。
なんていう酷い噂だ。別れてから声もかけてないというのに、どうしてこんな事になってしまったというのか。あんまりだ。
「えぇ……それは酷いね」
「でしょー!これからは二度と声かけちゃダメだよ、何かあったら皆で守るからさ!」
結局そんなものか。米倉ももう二度と話しかけてくることはないだろうな。
そう思ったのだが、意外にも彼女はそれを信じることはなかった。
「いや、酷いのは皆の方だよ。それって誰が言ったのか知らないけど、まさか海木原さんが言ったの?寺川くんがそんな事するなんて思えないけど」
「まぁ確かに私は海木原さんから直接聞いたわけじゃないけどさ、でも軽田くんがそうだって……」
「じゃあ信憑性無くない?言われたって本人からちゃんと聞かないと」
どうなんだろうか?結々美のヤツがもし軽田と結託して嘘を吐けば立場が悪くなるのは米倉だ。
それはこちらとしても気分が悪い。
「もうどうでもいいだろ別に。やったとかやってないとか、そんな水掛け論なんてなんの解決にもならないよ。ただ俺はそんなことしてないとは言っとくけど」
これ以上後ろでアレコレ言われても困る。
あくまでこれは俺と結々美の問題であって米倉やこの女子生徒は関係がない。
そう思って言ったのだが、この女子生徒は キッと俺を睨みつけた。
「ふんっ!アンタみたいなクズ、さっさと消えちゃえばいいのに!もし米倉さんにまで手を出したら皆で追い出すから!」
「ちょっと、いいかげんに……」
ヤツが俺に向けて好き勝手言っていることで、さすがに見ていられないと思ったであろう米倉が、怒気を孕んだ声で食ってかかろうとした。
「分かったよ。俺みたいなクズの近くにいたらクズが伝染るからさっさと席に戻れば?」
これ以上事が大きくなっても面倒なので、そちらに顔だけを向けてヤツにそう言うと、一瞬だけ顔を歪めて 気持ち悪い!と吐き捨てて自分の席に戻って行った。
「大丈夫?」
「ありがとう米倉さん」
まぁなんであれ結々美とはもう関わりたくないな、ほんの少しだけあったであろう未練もすっかり無くなっちまったよ。
どうして普通に別れるって、そんな選択肢を取らなかったんだろう。
わざわざ傷付くような方法で、陰湿に俺を突き放したんだろう……ほんと、嫌な奴。