四十八話 拒絶の過去
母さんから愛されていると感じたのは、いつのことだっただろうか?正直、もはや記憶にははない。
父さんと母さんが離婚してから、母さんは仕事ばかりで俺たちに割く時間はなく、俺が瑞稀の面倒を見るのは自然な流れだったと思う。
だからこそ、瑞稀は俺にとって大切な妹だったし、周りからも仲の良い兄妹だとよく言われていた。そう思っていたのは瑞稀だって同じだろう。
しかし、あの一件から避けられるようになり、母さんはそちらに付きっきり。
母さんが家にいる時間が増えてからは、瑞稀と一緒にいることも格段に増えたみたいで、よく出かけたりしていることは部屋にいてもよく分かった。
対する俺はなにをするにもずっと一人で、家にいるときは自分の部屋からほとんど出ることもなく、せいぜいトイレや風呂に行くときだけだろう。
たとえ家の中で瑞稀と顔を合わせても、顔を伏せたまま部屋に籠ってしまう。話しかけても返事さえろくに返ってくることはなくて。
そんなことばかりだから、家族の温もりなんてのはすっかり忘れてしまったんだ。
母さんは元々、瑞稀のためならば仕事の合間を縫ってでも時間を作っていた。対する俺にはそんことは一度もなく、それこそ保護者参観や三者面談だってそうだ。
学校から参加を尋ねる書類が来たとして、それを母さんに渡したとしても、時間がないからと断ることばかりで、いつしか聞くことさえなくなった。学習性無力感というやつだろう、聞くだけ無駄だといつの間にか考えるようになった。
俺のために時間を使うくらいなら瑞稀のためにと、母さんはずっと行動で語っていた。
ただでさえそんな母さんだ。瑞稀が俺を避けるようになってからは、いつも傍にいた瑞稀と、そして母さんもいないまま、家の中ではずっと孤独で、人知れず涙を流すこともあった。
それでも傍にいてくれた和雪と結々美のおかげで、なんとか潰れずに、腐ることなくやってくることができたが、結々美だってあんな結末で。
俺は結々美のことが本当に大好きだった。だから彼女への想いは欠かさず伝えていたし、たとえ彼女から好きだと言われることがなかったとしても、きっと好きでいてくれると信じていたんだ。
でもそれだって、結局泡沫の夢に他ならず、気が付けば結々美との関係はなくなってしまった。
いつの間にか人から拒絶されることに、すっかり慣れのようなものを感じるようになった。
家族のからも避けられて、恋人からも拒絶された俺の心には、人の好意を信じて良いのかという不安がつきまとう。
それは楓に対しても、少なからずあったのだ。
彼女から向けられた明確な想いが嬉しくなかったってわけじゃない。でも、もしかしたら結々美との二の舞になるかもしれないという、そんな良くないイメージがどうしても払拭できずにいた。
繰り返される身近な人たちの拒絶に、怯えるようになってしまった。
ずっと一緒だったはずの瑞稀から避けられて、母さんには近付かないようにと言われてしまう。無理な接触は瑞稀を傷付けるだけだからと、その間を取り計らってくれることもなく、その時間だけがズルズルと過ぎて。
いつの間にか家族のであるはずの二人とは、他人とも言えるほどの溝ができた。
信じていた恋人である結々美からは、いつの間にか直接的に好意を伝えられることがなくなって、そういうことをしなくなったわけじゃないけれど、彼女から笑顔が減っていったことはなんとなく感じていた。
その結末は知っての通りで、俺を目の敵にする男と、建前だったとしても俺を振ってまで付き合って。
今となってはそれこそ他人と言っても良い。
そんなできごとが、ずっと俺の心に楔のごとく突き刺さったままで、楓と身体を重ねるようになった今でも、もしかしたら似たような結末が訪れるのではとビクビクしていた。
それを彼女に悟られまいと、負けじと想いを返すけど、自分の心には嘘がつけなくて。
でも信じたい気持ちもあって、だからできる限り楓を笑顔にしたい。その隣にいたいんだ。




