四十四話 顔合わせ
何も学んでいない母さんに憤りを感じる俺は、瑞稀と共にリビングで向き合っていた。言いたいことを言わなきゃ気が済まないのだ。
とはいえ、楓を待たせているので早く帰らなければならない。あの男がいないので話がややこしくならないのは助かるが、どうやら母さんはその事で怒っているようだ。
しかし、俺と瑞稀の二人からあの男の行いをぶつけられて狼狽している。そんな母さんに、俺は続けて言った。
「あの人が散々好き勝手して瑞稀に迷惑かけるのも腹立つけどさ、この間瑞稀が家に来て、そのことで電話した時だって盛ってたよな?」
「ぅっ……」
そう、瑞稀が泊まりに来たからと母さんに電話した時のことだ。真面目な電話だというのに男と触れ合って、その声を聞かせてくるのはおぞましいにも程がある。
そのことを言われた母さんは声を詰まらせる。
「そういうことをするのは勝手だよ。それを止めたり咎める権利はないけどさ、それにしたって弁えなさすぎねぇか?」
せめて電話が終わってからということもできたはず、それなのにまるで聞かせるように、あんなことをするのは気持ちが悪い。そういうことを考えさせないで欲しかったよ。
「母さんがそういうつもりなら、俺は父さんの方に行く。あの男と好きにすればいい」
「ダメ!」
「ダメじゃねぇんだよ、俺だけじゃなくて瑞稀の面倒もみられないならって、それならついていけない」
幸い父さんの連絡先はあるし、すぐにでも連絡してそちらに籍を移すことは可能だ。父さんなら喜んで手続きをしてくれるだろう。
まぁ移籍するにも役所で手続きはいるので、そういう意味ではすぐにとは言えないが。
「お願い雫、私もっとちゃんとするから、だから離れないで!」
「いや、ちゃんとするとかどうでもいいんだよ。長い間俺の事ほったらかしにして、それなのに離れないでっておかしいだろ。挙げ句の果てに瑞稀にまで嫌な思いさせてよ、さっきだって瑞稀、あの人に何されたのか怒鳴ってたんだぞ?聞こえてないわけないよな?」
「今日もあの人が泊まりに来たから、それが嫌でお兄ちゃんに電話したの。そしたらあの人勝手に部屋入ってきて邪魔してくるし、ついさっきもお兄ちゃんの家に行こうと思ったらまた話しかけてきて、勝手に荷物触って覗いたりするし、しかも腰に手を回してきたんだよ?そんな人とお母さん一緒にいたいの?気持ち悪い」
食い下がろうとする母さんだが、俺と瑞稀に言われた事にもうなにも言えなくなってしまった。
一度しっかり言われたことを噛み締めて、自分の行動を振り返って欲しいものだ。自分の軽率が俺だけでなく瑞稀さえも傷付けたこと、しっかり反省してほしい。
「もういいや、行くぞ瑞稀。母さんには考える時間が必要だろ」
「分かった」
言いたいことも言ったので、もう帰ろうと立ち上がって瑞稀に声をかける。瑞稀はすぐに立ち上がり、荷物を取りに部屋に行った。
「母さん、あの人との関わりはもうちょっと考えた方がいいと思うぞ」
リビングから出る前に俺はそれだけを言い残した。この言葉を聞いて少しでも考え直してくれるのならいいのだが、もしそうなら俺が引越した時に変わっているだろう。
もはや期待などしていないし、今度父さんに連絡しようかな?
それからすぐに瑞稀と実家を後にして、俺の家に到着した。楓を待たせてしまったことに罪悪感を抱く。
家に入ってすぐに楓を抱き締めると、彼女も喜んで腕を回してくれた。ちなみに瑞稀のことはすっかり忘れていた。
「すっかりラブラブだね、お兄ちゃん」
「当たり前だ」
そりゃ自分の恋人を好きじゃない人なんていないだろう。それも付き合いたてだぞ?
最初の頃のカップルというのは情熱的なんだよそれくらい分かるだろ。
「あっ、雫くんの妹さんだね。はじめまして、私は米倉 楓といいます」
俺から離れた楓が瑞稀にそう挨拶をした。それを受けた瑞稀はじっと彼女を見つめている。いや何か返さんかい。
どこか見定めるような視線だと思い、その頭にチョップをかます。
「あてっ!」
「コラ、挨拶しろ。じゃないと追い出すぞ」
別に本当に追い出すわけじゃないが、とはいえ挨拶をされて無視するのはさすがに失礼だろう。
それを教育するのは、一応とはいえ兄の責務だろう。一応な。
「あうぅ……私はお兄ちゃんの妹の瑞稀、よろしくね」
「うん!よろしくね♪」
無愛想な挨拶をする瑞稀。忘れていたがコイツは元々人と関わるのが得意ではなかったな。
そんな瑞稀の挨拶だったが、楓はとびきりの笑顔で返す。そんな楓をに瑞稀は、気まずそうに目を逸らした。
そういや、俺も初めて見た時は驚いたっけ。




