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感情という錘  作者: 隆頭
第二章 噂

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四十二話 ヤバい奴

 金曜の夜、土曜日曜とバイトの休みを貰った俺は楓とお泊まりすることになった。正確には彼女が泊まりに来たのだが。


 ひとしきり二人の時間を楽しんだ後、スマホを見ると瑞稀からの着信があった事に気付き、何の用だろうかと折り返すと、すぐに応答があったのだ。


『もしもしお兄ちゃん!もう何回も電話したのに!』


「ごめんごめん、ちょっと色々と立て込んでてな。それで、どうしたんだ?」


 ものすごく元気な瑞稀の声が聞こえてきた。その様子からそこまで緊急を要するわけではないみたいだ。


『また母さんがあの人連れてきたの。だからまたお泊まりしたくて……ダメ?』


「─────また?」


 俺がそう返すと瑞稀は うん…と答えた。ちなみにこの "また" というのは、瑞稀が泊まりに来ることではなく、母さんの再婚相手とやらについてだ。決して "瑞稀が泊まりに来る"ことを言ってる訳ではないが、瑞稀はその事で怒られると思ったのだろう。

 しかし、今の俺に瑞稀を気にする余裕はなかった。瑞稀に相談もなく何をしているのか、心底腹が立っているからだ。(はらわた)が煮えくり返るとは言うが、こういう事を言うのかもしれない。


『お兄ちゃん?もしもし?』


「雫くん、大丈夫?」


 二人からの呼び掛けに ハッとする。久しぶりに正気を失いそうなほどにイライラしてしまった。

 そんな醜態を晒した俺は、空いた手で楓を抱き寄せながら、電話に集中することにした。


「ごめん、ちょっと母さんにムカついちゃって黙っちまった。とりあえず、しんどいならウチに……来い?」


『私に聞かれても、お兄ちゃんが答えて欲しいな。そんなんだったらそっち行っちゃうよ?ねぇお願いお兄ちゃん』


 軽々しく家に来いと言ってしまうところで楓を見る。せっかくの二人の時間を台無しにするのも苦しいが、瑞稀を放っておくのも落ち着かない。

 そんな俺を見た楓は、優しく微笑みながら頷いてくれた。彼女には今度埋め合わせをしようと考えたところで、電話の向こうから扉の開く音が聞こえた。


『えっちょ、勝手に開けないで下さい』


『まぁまぁそう言わないでよ。俺さ、瑞稀ちゃんとお話したくてさ』


『それならせめてノックくらいしてくれます?あと今電話中ですし、あと母さんかお兄ちゃんも一緒にいないと嫌です』


 どうやら例の再婚予定の相手とやららしい、年頃の女の部屋にノックもなしで入るなど、あまりに非常識……というか、下心しかないのだろう。

 おそらく、無防備な姿が見られればラッキーとか思ってのことだろう。最悪(なんなら)強引な手段を取る可能性もゼロじゃない。その時を狙ってるかもしれない。

 ただ、母さんの存在がある以上、そこまで極まった行動をとるとは思えないけど、今のやりとりを見る限り、下らない浅知恵を使って瑞稀を黙らせないとも言えない。


 強い警戒は必須だろう。自分の住む家がアウェイになるなど、そんな気持ちは俺だけで充分だ。

 瑞稀がそんな気持ちになる必要はない。


「雫くん」


 そう呼びかけるのは楓だ。俺の頬に手を添えて、酷く心配そうな表情でこちらを見ている。

 心配を掛けすぎたな、これではいけない。


『だから、出てって下さいってば。今は気分じゃないですし、電話してるから!』


『分かった分かった。じゃあまた後でね』


「瑞稀、今から迎えに行くから準備しとけ」


 瑞稀に強く言われた男は、ヘラヘラとした声で部屋から出て行ったようだ。扉の閉まる音を聞きながら、そう瑞稀に伝える。


『分かった!準備しとくね!』


 嬉しそうな声を最後に電話が切れた。きっと急いで準備をしてるに違いない。

 どうせなら楓に紹介するか。瑞稀も彼女に会いたがってたし、ちょうど良いのかもしれない。また今度母さんに色々と話をしないとな。


「ごめん楓。今から──」


「いいよいいよ。妹さんに何かあったらいけないし、私も話してみたかったからね」


「ありがとう。楓は(ここ)で待っててくれるかな?色々とややこしい話もあるみたいだし……」


 せっかくのお泊まりだというのに一人にさせてしまうのは心苦しいが、楓は いいよ!と快く頷いてくれた。笑顔が素敵すぎるぞ、浄化されそうだ。

 もっと楓と一緒にいたいのだが、今はそうも言っていられない。急いで出かける準備をして実家に向かうのだった。


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