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感情という錘  作者: 隆頭
第二章 噂

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四十話 できること

 楓のお姉さんである美白(みしろ)さんと知り合ってしばらく、俺は相変わらずバイトに勤しんでいた。だが、それも昨日までで五連勤を終えたので今日は休みである。疲れた。

 しかも今日は金曜日で、明日は学校も休み。なんならバイトも休みなのである。ありがてぇー。

 土曜だけでなく日曜も休みなので、そうなればこれは連続お泊まりしかないだろう。楓も乗り気だ、最高だね。


 待ち遠しかった放課後を迎えて、和雪と挨拶を交わして荷物を持って楓と教室の入口へと向かう。


「あっ、寺川くんじゃーね」


 そう声をかけてきたのは、結々美の友達だ。その挨拶に手を振って応えると結々美とも目が合った。彼女は微笑みながら小さく手を振っている。

 他の連中からも挨拶をもらいながら、ついでに結々美にも挨拶を返しながら教室を後にした。


「なんだか、皆いい感じだね」


「そうだな。なんか調子狂うよ、今までがアレだったから」


 俺がそう言うと、楓か気まずそうに あー…と返してくる。今まで散々邪険にされていた訳で、その感覚が拭いきれない内は誰だって困惑するだろう。

 ただ、先ほどのように良い反応をしてくるクラスメイトは半数程度だ。昨年に同じクラスだった奴らと、ソイツらと仲の良い連中は相変わらずヒソヒソとかましてやがる。

 昨年に和雪に付きまとっていた女も同じだ。



 それはそれとして、二人で外に向かっているとまたもあの後輩が声をかけてきた。先輩じゃねぇんだよやかましい。


「あの、ちよっとだけで良いんで話を……」


「しねぇって。誰がイジメなんかする奴と話すんだよ。消えろ」


「うぅぐ……」


 喋りたくもない相手から声をかけられるなんぞ、ただただ不愉快なだけである。そもそも俺に対して散々憎まれ口叩いておいて、今更しおらしくされても意味がわからない。

 無視してさっさと帰ろうと足を進めるも、いちいち追いかけてきやがる。そういうのが嫌がられるってこと、分からないのかな?


「お願いです先輩、どうか話を……」


「どうした?」


 詰め寄ってくる後輩の言葉を遮るように聞こえてきたのは、いつぞやの生徒会長だ。めんどくさいのに見つかったな……


「君は……寺川くん」


「俺はただコイツと話したくないだけです。理由は分かりますよね」


「それはもちろんだが……そういうことか」


 目を合わせずに綾坂に向けて言葉を投げかけると、彼女は一瞬の逡巡の後にチラリと後輩を見て、状況を理解した。


「彼に言いたいことがあるのなら、私が聞こうか?」


「嫌です、私はただ先輩に……」


「やめるんだ。君は自分のした事をよく理解した方がいい」


 そう言って後輩の道を遮る綾坂の声は、なんとなく自嘲気味に聞こえた。これ以上絡みのトラブルに楓を巻き込みたくないし、できるだけ足早にその場を立ち去る。

 二人とも俺にとっては嫌な相手だ、その場にいると心が摩耗してしまう。



  ───────────



 寺川 雫くん……私の身勝手な正義感で傷付けてしまった相手であり、また私の友人である米倉 美白の妹の恋人でもある。

 彼を傷付けた時のことはよく覚えており、その時のことはずっと私の中にのしかかっている。


 目の前の一年の女の子に向けた、自分のした事を理解した方がいいという言葉も、どの口が言っているのかとズシリと私の心にのしかかる。強すぎる重圧だが、そこから逃げることは許されない。

 ほんの少しも彼に耳を傾けない挙句、彼の胸ぐらを掴んで投げ飛ばし、更に脅迫までするなど、とんでもない話だ。あの時彼に向けた言葉は、完全に私に返ってきている。


 本当なら、私が生徒会長などやるべきではないだろうが、それでもやめなかったのは心の弱さ故でもありながら、簡単にその責務を放棄するのも良くないと思ったからだ。


 生徒会長の立場を降りるということは、私にとって今までの努力を捨てるということである。それはどうしても選ぶ勇気がなかった。

 散々彼を責め立てておいて情けないことこの上ない話だが。


 だからこそ、昨日米倉から言われた言葉が、私に突き刺さるのだ。


 "私が彼に行ったのは、立派な人権侵害"


 何一つ間違っていないその言葉は、私の今までを否定した。正義がどれだけ脆いものか、私がしたのはただの暴力だ。

 どれだけの時間を反省に費やしたとしても、全く足りない反省と後悔。目の前にいるこの後輩にさえ、今の私では強く言うことができない。


 だけど、とにかく私ができるのは寺川くんの為に何かをする事だけだ。だからこそ、私は彼女の足を止めよう。


 そしていずれ、彼に纏わる悪意ある噂についても、解決しなければ。


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