四十話 できること
楓のお姉さんである美白さんと知り合ってしばらく、俺は相変わらずバイトに勤しんでいた。だが、それも昨日までで五連勤を終えたので今日は休みである。疲れた。
しかも今日は金曜日で、明日は学校も休み。なんならバイトも休みなのである。ありがてぇー。
土曜だけでなく日曜も休みなので、そうなればこれは連続お泊まりしかないだろう。楓も乗り気だ、最高だね。
待ち遠しかった放課後を迎えて、和雪と挨拶を交わして荷物を持って楓と教室の入口へと向かう。
「あっ、寺川くんじゃーね」
そう声をかけてきたのは、結々美の友達だ。その挨拶に手を振って応えると結々美とも目が合った。彼女は微笑みながら小さく手を振っている。
他の連中からも挨拶をもらいながら、ついでに結々美にも挨拶を返しながら教室を後にした。
「なんだか、皆いい感じだね」
「そうだな。なんか調子狂うよ、今までがアレだったから」
俺がそう言うと、楓か気まずそうに あー…と返してくる。今まで散々邪険にされていた訳で、その感覚が拭いきれない内は誰だって困惑するだろう。
ただ、先ほどのように良い反応をしてくるクラスメイトは半数程度だ。昨年に同じクラスだった奴らと、ソイツらと仲の良い連中は相変わらずヒソヒソとかましてやがる。
昨年に和雪に付きまとっていた女も同じだ。
それはそれとして、二人で外に向かっているとまたもあの後輩が声をかけてきた。先輩じゃねぇんだよやかましい。
「あの、ちよっとだけで良いんで話を……」
「しねぇって。誰がイジメなんかする奴と話すんだよ。消えろ」
「うぅぐ……」
喋りたくもない相手から声をかけられるなんぞ、ただただ不愉快なだけである。そもそも俺に対して散々憎まれ口叩いておいて、今更しおらしくされても意味がわからない。
無視してさっさと帰ろうと足を進めるも、いちいち追いかけてきやがる。そういうのが嫌がられるってこと、分からないのかな?
「お願いです先輩、どうか話を……」
「どうした?」
詰め寄ってくる後輩の言葉を遮るように聞こえてきたのは、いつぞやの生徒会長だ。めんどくさいのに見つかったな……
「君は……寺川くん」
「俺はただコイツと話したくないだけです。理由は分かりますよね」
「それはもちろんだが……そういうことか」
目を合わせずに綾坂に向けて言葉を投げかけると、彼女は一瞬の逡巡の後にチラリと後輩を見て、状況を理解した。
「彼に言いたいことがあるのなら、私が聞こうか?」
「嫌です、私はただ先輩に……」
「やめるんだ。君は自分のした事をよく理解した方がいい」
そう言って後輩の道を遮る綾坂の声は、なんとなく自嘲気味に聞こえた。これ以上絡みのトラブルに楓を巻き込みたくないし、できるだけ足早にその場を立ち去る。
二人とも俺にとっては嫌な相手だ、その場にいると心が摩耗してしまう。
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寺川 雫くん……私の身勝手な正義感で傷付けてしまった相手であり、また私の友人である米倉 美白の妹の恋人でもある。
彼を傷付けた時のことはよく覚えており、その時のことはずっと私の中にのしかかっている。
目の前の一年の女の子に向けた、自分のした事を理解した方がいいという言葉も、どの口が言っているのかとズシリと私の心にのしかかる。強すぎる重圧だが、そこから逃げることは許されない。
ほんの少しも彼に耳を傾けない挙句、彼の胸ぐらを掴んで投げ飛ばし、更に脅迫までするなど、とんでもない話だ。あの時彼に向けた言葉は、完全に私に返ってきている。
本当なら、私が生徒会長などやるべきではないだろうが、それでもやめなかったのは心の弱さ故でもありながら、簡単にその責務を放棄するのも良くないと思ったからだ。
生徒会長の立場を降りるということは、私にとって今までの努力を捨てるということである。それはどうしても選ぶ勇気がなかった。
散々彼を責め立てておいて情けないことこの上ない話だが。
だからこそ、昨日米倉から言われた言葉が、私に突き刺さるのだ。
"私が彼に行ったのは、立派な人権侵害"
何一つ間違っていないその言葉は、私の今までを否定した。正義がどれだけ脆いものか、私がしたのはただの暴力だ。
どれだけの時間を反省に費やしたとしても、全く足りない反省と後悔。目の前にいるこの後輩にさえ、今の私では強く言うことができない。
だけど、とにかく私ができるのは寺川くんの為に何かをする事だけだ。だからこそ、私は彼女の足を止めよう。
そしていずれ、彼に纏わる悪意ある噂についても、解決しなければ。




