三十六話 ここだけの話
楓のお姉さんである美白さんと話すことになった今日、米倉家へとやってきた。
美白さんと顔を合わせ、彼女と楓に促されるままリビングにきてテーブルに座って、楓と一緒に美白さんと向き合っている。
「あはは、そんなに緊張しないでよ。別に説教するわけじゃないし、ただ会ってみたかっただけだからさ」
「そりゃ緊張するでしょ」
気さくに笑った美白さんに楓がツッコミを入れる。まさにその通りなので、どうにも答えづらくて困った。
「でもさ、中々カワイイじゃん。楓も良くこんな子捕まえたね」
「カっカワ??」
「まぁね、でもお姉ちゃんには絶対渡さないから!」
可愛いとは???
楓も胸を張っているが、可愛いと言われたことに困惑してしまい、首を傾げるばかりである。
とりあえず、さきほど出されたお茶を一口飲んで、一旦落ち着こう。
「それで?二人はもうヤッたわけ?」
「ングッ!」
お茶を飲んでいるというのに、美白さんがニンマリと悪い笑みを浮かべてそんなことを言った。
驚きのあまり飲み込んだお茶が気道に入ってしまい、呼吸がつまり咳き込んでしまう。胸を叩いている俺の背中を楓がさする。
「だっ大丈夫雫くん?ちょっとお姉ちゃん、変なこと聞かないでくれる?」
「アハハごめんごめん。でもさ、やっぱり二人とも年頃の男女なわけじゃん?しかも楓、雫くん家にお泊まりもしたわけでしょ?それで何も無いって言われた方が心配だって」
悪気のない謝罪をしながら笑った美白さんがそう言った。言ってることは分からないでもないけど、わざわざ口にするようなことでもないだろう。デリカシーとかないんか?
「別に心配するような事じゃないと思うけど」
「いやいや、だってこれで雫くんが手を出さないってなったらさ、それってつまり楓に魅力がないか、もしくは雫くんに性欲がないってことになるじゃん」
「そういう事?それでもなんか、わざわざ言われると困るでしょ。特に雫くんなんてさ!」
「いやぁこれで少しでも和んだらいいなって……」
楓に詰められて段々と申し訳なさそうにしている美白さん。どうやら彼女なりに気を遣ってくれたらしいので、その厚意を無駄にするのも良くないか。
「いやまぁ、別に嫌って訳じゃないんで、気遣いありがとうございます」
「いえいえー、と言いつつやっぱりそんなすぐには慣れないか。まぁそれだけ正常ということだね。そういう点では安心かも。いきなり馴れ馴れしくするようなチャラい奴じゃないって分かったし」
「そうじゃなかったら多分、もうすでに私が泣かされてるから、その心配は杞憂じゃないかな?」
「付き合いたてで泣かせる人もヤバいけどね?」
そんなこんなで会話を続ける俺たち。一時間もする頃には、俺もある程度打ち解けてくるのだった。
そんな折に、楓が立ち上がってトイレに行ってしまった。美白さんと俺の二人だけが残される。
間に立っていた楓がいなくなったことで、少しだけ緊張が再発してくる。
「ところでさ、ここだけの話なんだけど」
「はい」
そんな口上から始めた美白さん。いったいなにを話されるのか、少し緊張が強くなる。
「ウチの会長が迷惑かけたのって、もしかして雫くん?」
「──たぶん、そうかもしれません」
会長……つまり綾坂のことだろう。はっきり言って、あの人のことだから俺以外にも、自分の誤った正義感を振り回しているのではないかという考えは拭えない。
だからこそ、俺は多分と答えた。
あの出来事を思い出すと、なんとなく嫌な気分になってくる。
「多分なんだ?」
「はい。人間なんて誰に迷惑かけてるか分かんないじゃないですか」
さすがに正直なことを言ってしまうとまずいかなと思い、そんな風に誤魔化した。だけど、こんな雑な誤魔化しではより追及されるのも当然だった。
「そりゃそうだけどさ、でもこないだね?ウチの会長が雫くんを見て色々と思い悩んだ表情しててさ、あーこりゃ何かあったなって。あの子があそこまで落ち込んでるのって、初めて見たし……それで、何があったの?」
「まぁ、色々と揉めたというか、なんというか……」
なんとなく、あの時のことを話すのは良くないと思った。こんなことを言いふらすというのも、軽田や あのクラスメイトたちと、なにも変わらない気がしたから。
「誤魔化すってことは、雫くんにも何かしら非があったのかな?言いづらいことなんだ」
「あの時のことは、俺と生徒会長の話ですし、それを言いふらすような真似するのって、なんだか気分良くなくて……今までそうやって悪く言われてきたんで」
一つの出来事だけが先行して、それが噂になって悪意に変わる。浅はかな人の先入観や悪戯心が、レッテルに変わる。
そういうのは大嫌いなんだ。徒党を組んで、バカみたいに気が大きくなっている連中のアホ面は見るに堪えない。
そんな連中の真似事をするなんて、そんな情けないことをするのは憚られた。
「ふーん……雫くんとしては、あくまで当事者間においての話だから、あんまり人に聞かせたくないってことね」
「はい」
「まぁ確かに、人の落ち度を論って陰口叩くのも、見ていて気分のいい物じゃないしね。そういう意味では雫くんの言ってることも分かるし、感心するよ。なかなかできることじゃないからね」
美白さんは頬杖をつきながらそう言った。どこか品定めするような視線をこちらに向けながら。
「でも、また別に気になることができたんだけど、雫くんの口ぶり的に、色々トラブルがあったみたいだね」
「まぁ、否定はしないです」
品定めするような視線をしていた美白さんの目が、今度はキリリと引き締まった目に変わる。
まるで睨むような、そこまでの圧はないものの、何かを言わんとする視線。
「雫くん自身のトラブルがあるのはそれとして、こっちとしては、楓がソレに巻き込まれないか、その事が心配だな……あの子を、巻き込まないって約束できるかい?」
その質問は、とても頷きにくいものだった。




