三十二話 鳥肌
雨の日の夜、突如としてやってきた瑞稀を家に上げ、一緒に風呂に入った。過去の仲の良さをほんの少しずつ取り戻しつつある俺たちであった。
入浴中に瑞稀から聞いた話と、今日は止まっていく旨を母さんに連絡するために、玄関から外に出て電話をかける。
電話をかけてみたものの、コール音が鳴るばかりでいつまでも出る気配がない。瑞稀の置かれた状況もあって、イライラが募る。
果たして母さんは電話に出ることはなく、今は出られないという機械音声が流れた。瑞稀のことを心配していないのかと、久しく感じていなかった怒りの情がチラリと顔を出す。
とりあえず、もう一度電話をかけてみる。これでダメなら、諦めよう。そうして四コール、五コールと流れ、ようやく母さんが電話に出た。
『ごっごめんなさい雫、ちょっと忙しくて……』
「忙しいって、瑞稀こっちにいるのに何をすることがあるのさ?」
そうでなくても電話に出る余裕くらいはあるクセに……とは言わなかった。
『えっ、瑞稀が?きっ気付かなかった……』
「なにそれ?男連れ込むのは勝手だけど、瑞稀のことはちゃんと見てよ。ただでさえ俺の事より、瑞稀のことを優先してたんだから」
瑞稀のことさえちゃんと見ていられていない母に向けて、咄嗟に出た言葉。俺がずっと感じていた思いを、瑞稀まで感じて欲しくなかったんだ。
そんな俺の言葉に、母さんは うっと詰まる。
『瑞稀から聞いたの……?』
「いや普通に分かるだろ。なんで理由もなしに瑞稀がこっちに来るんだよ」
『それは……ぁっ!』
ホントのことを言うと、別に分かっていたわけではない。ただ、瑞稀と母さんの関係を拗らせたくなかっただけだ。
そんな俺の思いを他所に、電話越しで "なにやら" をしている母さんに、更に憤りを感じる。
なんで親の、しかもくぐもった声なんぞ聞かなきゃ行けないんだ。気持ち悪い。
「とりあえず、そういう事だから。あと、大事な電話のつもりなんだけど、母さんはそうじゃないのかな?せめて電話が終わってから盛って欲しいんだけど」
『そっそういう、わけじゃぁっ……ちょっと、まっ……っ!』
なにがそういうわけじゃないというのか、よりにもよって母親の "そんな声" などを聞かされているこっちの身にもなって欲しい。
ゾワリと全身の肌が栗立ち、つよい不快感を抱く。ソレからすぐに逃げたくて、早々に電話を終わらせようと思った。
「もういいや、じゃあね」
そう言って電話を切る。俺が一人暮らしをして止めようとした、そんな人間のやることじゃない。結局何一つ変わっていないんだなと、残念な気持ち……にはならなかった。
今更だし、どうでもいいんだ。だけど、瑞稀に同じようなことしちゃダメだろう。
俺よりも瑞稀の子育てに全振りした以上、そっちくらいは満足に育ててくれなきゃ困る。
呆れた気持ちになりながら、スマホをポケットにしまって家に入る。思わずため息が出た。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あぁ大丈夫。そんなことより、服が乾いたなら干しとけよ」
疲れ果てていた俺を見た瑞稀が、心配そうに首を傾げてきた。余計な心配をかけたくないので、そう返すと、瑞稀は えー…と、少し嫌そうな顔をした。
「なんだ嫌なのか?それなら明日は濡れた格好で外に出ろよ」
「嫌っていうか、せっかくお兄ちゃんに私の下着を見てもらうチャンスなのに……」
「気持ちわる」
面倒臭いとかそんな感情かと思えば、瑞稀が言ったのはそんな理由だった。ありえなさ過ぎて率直な感想が口から漏れる。
「気持ちわる はないじゃん!一応私も年頃の女なんだけど!お兄ちゃんに私がどんなの着けてるのか見て欲しいの!」
「いや家族の下着とか普通に嫌じゃない?干すだけならまだしも見てもらうとかはさすがにありえないだろ」
「じゃあ触って欲しい!」
「変わんねーよ論外だバカ」
「あぃた!」
コイツはいったい何を望んでいるというのか、俺には何も分からない。いや分かりたくない。
まるで仲直りしたみたいな態度をしてるけど、やられたことはずっと忘れないからな。
あれだけ避けるようなことされて、すっかり忘れたなんて思うなよ。




