三十一話 兄妹
涙を流しながら一緒に風呂に入って欲しいという瑞稀の願いに応え、仕方なく一緒に風呂に入る。とはいえまずは身体を洗わなければいけないので、瑞稀を椅子に座らせた。
「ふぅー……」
二年か三年か、大体それくらいぶりに、瑞稀と一緒に湯船に浸かる。二人して出るのは、大きな息だ。
俺が湯船に背中を預けて、俺の胸に瑞稀が背中を預ける。かつて見慣れていた光景だ。
瑞稀はだいぶ成長してきたと思う。その身体に対して別に意識をしてるわけでもなんでもなく、ただ小さい頃をしっているからこそ、なんとなく時の流れを感じた。
無意識に、目の前にある頭を撫でる。色々あったけど、やっぱり瑞稀はたった一人の妹だ。
大切に思う気持ちを、少しずつ思い出してきているのかもしれない。
「それで、何があった?」
「うん。あのね……家に、お母さんの恋人?みたいな人が来るようになって、なんとなく居づらくなっちゃって」
暗い声色で瑞稀はそう言った。頭に来る話だ。俺だけじゃなくて、瑞稀にまで辛い思いをさせている母さんに、久しい感情を抱く。
頭に少しずつ血が上り、何をしているのかと問いただしたくなってくる。
「もしかして、今日はその人って泊まったりしてる?」
「お泊まりっていう話はしてなかったけど、お母さんと色々お話してて、結構遅い時間までいるみたい。一緒にご飯まで食べてさ、私は嫌だって言ったのに」
母さんにも好きな相手がいるというのは別に構わないんだ。仕方のないことだし、ずっと放置されてきた俺からすると、なにが変わるわけでもないのだから。
とはいえ、なにかこう……立ち振る舞いを考えて欲しいなと思った。言語化はできないけれど。
たぶん、親となった以上その責任は一生のしかかるものの筈だ。その責任もロクにとらないまま、いきなり子供に負担を強いることに憤りを抱いたのだと思う。
せめて瑞稀が嫌だと言うのなら、尊重してあげて欲しかった。俺の家にまで逃げてくるような、そんな行動をさせて欲しくなかったんだ。
「しかもあの人、くちゃくちゃうるさいの、口閉じて食べれないし汚いし、しかもいい歳してチャラチャラしてさ、カッコイイと思ってるのかな、あれで」
「まぁそういう人もいるでしょ。母さんもその人に、なにか良いところを見出したんでしょ?ならまぁある程度は仕方ないのかもしれないよ」
「うーん、でもやっぱり私ヤダかな。お兄ちゃんみたいな人ならいいけど、あの人はそうじゃないし。それに……なんかね、怖いの。ずっと胸とか見てくるし馴れ馴れしいし……そのうち触ってきそうで、嫌な感じがする。こういうのは良くないのかもしれないけどね」
母さんの相手ということは、その人はそれなりの年齢のはずだ。少なくとも、父さんと大差ないくらいで、オッサンとも言えるだろう。
そんな人に対して警戒心を抱くのは、仕方のないことだと思う。瑞稀の言い分を、安易には否定できなかった。
なにより、ずっと年下の子供の胸とかを見るのは、その人の立ち振る舞いがなっていないと思う。
「まぁ、誰だって関係値があるしな。いきなり近付かれたら怖いだろ。それなら今日は泊まってけ、母さんには言っとくから」
「うん……お兄ちゃん、大好き」
「はいはい」
色々と面倒なことになりそうだ。
風呂から上がり瑞稀の体を仕方なく拭く。どうしてもとねだられてしまったが、お前はいったい何歳なのかと、ため息が出てしまう。
うんざりしながら体を拭いている俺に対し、瑞稀は凄く嬉しそうだ。いい加減恥ずかしいって思えよな。
「ねぇお兄ちゃん、私の胸って大きいかな?」
「しらん」
仮にもいい歳の男だというのに、無防備にあちこちを見せてくる瑞稀に疲れてくる。普通に困るので勘弁してくれ。
拭き終わってからも何故か瑞稀は俺をじっと見てくる。瑞稀の服は全部洗っているから仕方ないとしても、いつまでも裸でいるのはやめてくれ。
「お兄ちゃんってもしかして……男の人が好き?」
「……いい加減にしろ」
「あぃたっ!」
全然反応しない俺を見た瑞稀がふざけたことを聞いてきたので、思わず頭をひっぱたいてしまった。ケンカ売ってんのかコイツ。
「さっさと服着ないと叩き出すぞ」
「ごめんなさい」
真剣に俺がそう言うと、瑞稀は素直に服を着た。もうやるなよまったく。
服を着てリビングに移った後、瑞稀にお茶を出して母さんに電話を掛けた。話すのは瑞稀が泊まることだ。もちろん、それだけではないけどな……




