三十話 雨の夜に
面倒な後輩に絡まれた俺たちは、二人で俺の家にやってきた。家に上がって早々、互いに服を脱いで、今は下着姿だ。
互いに布団の上に腰を下ろして、楓が後ろから抱きついている。
そんな格好で話しているのは、先程の後輩とのことだ。結々美の口から出てきた、瑞稀をいじめていたという話。
いじめ事件については覚えているが、その主犯があの後輩だったとは思い出せなかった。それなのに、どうして彼女は俺に近付いてきたんだろうか?
瑞稀が中学生となってしばらくして、いつからか瑞稀の様子がとても暗くなっていた。当時、最愛の妹で、唯一の家族と言っても過言ではなかった瑞稀のソレがとても心配だった俺は、様子を見に行こうと瑞稀の教室に向かった。
その時に瑞稀いじめられている姿を見た俺は、頭が怒りに支配された。和雪たちが止めてくれたおかげで手を揚げることはなかったものの、感情のあまり怒鳴ったことは覚えている。
つまり、あの後輩はその時に俺が怒鳴った相手ではあるはずなのだが、本来なら自分を怒鳴ってきた相手に近付こうなんて考え、過ぎることさえないはずだ。
でもそうじゃなかった……よく分からないけど、どうでも良い相手のことを考えても仕方ないと考えることをやめる。
「それにしても、妹さんいたんだね、雫くん」
「まぁね」
といっても、あの事件以降は口を聞くことが減った。なんなら引越してからはずっと会っていない。
まぁわざわざその事を楓に話す必要はないけどね。
「せっかくなら今度会ってみたいな、今 何歳なの?」
「二個下、だから今は中三だね」
そう答えると楓が、それなら来年になったら会えるかな?と言った。だけど、それに答えることはできなかった。
結局 瑞稀は、どうしたかったんだろうな……
もし……もし機会があれば、もう一度ちゃんと話ができるといいな。
「まぁお話はこれくらいにして……♪」
そう言った楓が、そのまま俺の下着に手を入れてきた。そして俺たちは、さっきまでのシリアスな雰囲気を忘れるように、行為を始めるのだった。
そういえば、こんな格好で話す内容ではなかったな……
行為を終えて身を清めた後は、楓を家まで送る。ほんの少しでも長く一緒にいられるのは、とても幸せだ。
例え天気が雨だったとしても、それは揺るがない。なんなら相合傘だ、幸せにもほどがある。
楽しくお喋りをしながら楓の家に到着し、彼女とキスをして別れる。彼女が家に入り、その扉が閉まったことを確認して踵を返す。
喋り相手がいなくなったことで、ポツポツと傘を打つ雨の音が鮮明に聞こえた。そんな音を聴きながら、頭の中で浮かぶのは瑞稀と結々美のことだった。
二人とも、俺の事を疎んでいるわけでも、嫌っているわけでもなかった。なんなら好意的にさえ思ってくれていたんだ。
ちゃんと話してくれていたら、もっと違った結果になっていたはずだ。今でこそ俺は楓と付き合っているが、もしかしたらそうはならなかったかもしれない。意味のないタラレバだけど。
でもだからこそ、そこから学んだことを楓との関係に活かすんだ。ちゃんと話さなきゃ、伝わらないことだってあるし。
そんなことを胸に秘めながら家に入ろうと思っていると、そのアパートの前に誰かが雨に打たれていた。しかし、その人物が誰なのかを理解した時、俺は放っておくことができなかった。
「タオルと着替えはここに置いとくから」
「ありがと、お兄ちゃん……」
雨に打たれていた人物……瑞稀のためにタオルと着替えを風呂前に置いておく。なぜアパートの前で雨に打たれながら立ち尽くしていたのかは分からないが、まずは体を温めて貰わないといけない。
まぁもう夏なのでそこまで寒くはないし、なんならジメジメとして暑いくらいなので、風邪を引くほどでもないが。
「お兄ちゃん」
「なに?」
タオルと着替えを置いたのでさっさと離れようと思ったのだが、そんな俺の手首を瑞稀は掴む。
いったいなんだというのだろうか?
「一緒にお風呂入ろ?」
「なんでや」
意味が分からない。本当に意味がわからない。
確かに俺たちはよく一緒に風呂に入ってたし、なんなら瑞稀が中学生になってからも、疎遠になるまでは入ってたけどさ。
とはいえ今はもうそんな関係じゃないはずだ。
「お願い、ね?お願いだから一緒に入って?」
「やだね、もういい歳だろ。それに、俺たちはもうそんなんじゃ──」
「おねがい」
それが切実な願いだということは分かった。その縋るような瞳が、兄である俺を求めていることも。
とはいえ、歳が歳だけに色々とまずくないだろうか?家族とはいえ異性と風呂なんて普通に不愉快だろう。
俺だって気まずいんだ、瑞稀だって……
そう思って断ろうとするも、瑞稀の目から流れる一筋の涙が、それを許すことはなかった。
まぁ別に意識するわけでもないし、一回だけなら仕方ないか。
大きなため息を一つ吐いて、俺は瑞稀の願いに応えた。




