二十九話 名も無き後輩
困ったことになった、寺川先輩を少しからかうつもりがやり過ぎてしまったせいで、今となってはロクに口を聞くことさえままならない。
あげくに、先輩の元カノである海木原先輩まで出てきて、厄介な事この上ない。
私はただ、寺川先輩と仲良くしたいだけだったのに……
寺川先輩は、私が中学生の時からそこそこ名が知れている人だった。多分本人に自覚はないけど、カースト上位に位置するタイプの人。
男女問わず人気があって、下の学年である私たちにも好かれている人。
ただ、それも私が先輩に怒られる時までの話だった。
先輩の妹である寺川 瑞稀ちゃんと出会ったきっかけは、私が彼女と同じ学年の子たちと関わっていた時に、何となく声をかけたことだ。
兄である先輩と比べると圧倒的にコミュニケーション能力が低く、その時もクラスで孤立している姿が気になって、何となく声をかけてみたんだ。
その時は別に悪意がある訳ではなく、せっかくの出会いだからと友達になったんだ。
ただ、関わっているうちに私の中で、無意識に上下関係のようなものができていたのだと思う。
いつだったか、瑞稀ちゃんがクラスの男の子に告白されていた。それも、結構イケメンな男の子。密かに気になっていた相手だった。
ただ、すぐに瑞稀ちゃん経由で先輩を好きになったので、彼女が告白された時には特に興味はなかった。
それでも、どうして私を差し置いて彼女を選んだの?という思いから、なんとなくプライドが刺激されてしまったんだ。
私はその黒い感情に突き動かされるままに、周りの女の子たちを連れ立って瑞稀ちゃんを攻撃した。
髪を引っ張ったり叩いたりなど手を挙げたり、聞こえるように陰口をしたり、面と向かって複数人で人格を否定したりといったもの。それらを私が中心になって行った。
瑞稀ちゃん含めて彼女たちは一年なのに対し、私は二年だった。年上であることをいい事にリーダーのような格好をして、悦に浸っていたのだ。
ただ、そんな日々は一週間ほどしか続かなくて、すぐに先輩に見つかった。
先輩はそのいじめの現場を見るなり、まるで修羅の如く激昂し、それによって教室全体の空気が凍りついた。怒鳴られた私も身が竦んで、なにも言えなくなった。
私に怒った先輩を止めたのが、海木原先輩と天野先輩だ。二人に止められた寺川先輩は、すぐに妹である瑞稀ちゃんに声をかけたのだけれど、当の瑞稀ちゃんはその手を振り払い、またも空気が凍りついた。
それからの寺川先輩には誰もが近付かなくなり、過去の人気は完全に失われたのだった。
私も先輩には恐怖心を持っていて、それから高校に入学するまでは全く関わることはなかった。
今の高校に進学してしばらく、あの恐怖心を忘れた私は寺川先輩と再会した。もう一度会えたことによる驚きでつい声をかけてしまったのだけれど、そんな私に先輩は首を傾げた。
私が瑞稀ちゃんをいじめていた主犯であるということは、完全に忘れてしまっていたのだ。
だけど私は、そんな先輩に悪口を言った。それこそ、軽くからかうつもりで憎まれ口を叩いてしまったんだ。何度も何度も呼び止めて、先輩の人格を否定したり魅力を否定し続けた。
そんなことをしたところで仲良くなれもしないというのは、分かりきったことなのに。
それでも憎まれ口を叩き続けたのは、結局無意識なプライドによるものだ。瑞稀ちゃんのときよろしく、誰かを攻撃することで悦に浸る醜い私。
そうやって誰かを身体的や精神的に痛めつけている "気" になっていることで、私はなんとなく優位性を感じて安心していたんだ。
結局ただの自慰行為なようなもので、なにも相手のことを考えていなかった。そんな私が覚えられるわけも、相手にされるわけもないことに気付くのは、一体いつになるのだろう……




