二十七話 後輩再び
結々美と話をして数日後、俺に向けたクラスでの雰囲気はだいぶ良くなっていた。特に、いつかの時に流行った、俺が結々美を脅しただなんて噂も、あれは軽田が流した嘘というのが事実となった。
何人かの連中には可哀想な目を向けられたりもしたが、やはりまだ何人かは俺に辛辣な目を向けてくる。といっても、奴らは去年からそんな感じだが。
ちなみに、軽田は前のノリは完全に失われ、俺に噛み付いてくることもなくなった。すっかり自信をなくしたアイツはもはや別人である。
放課後を迎えて、クラスメイトからの挨拶を返し、楓と二人で教室を後にする。
手を繋ぎながら玄関へと向かっていると、あの耳障りな声が鼓膜を震わせた。せっかく落ち着いていたのに、来てしまったか。
「先輩……あの、今更ですけどこの間はすいませんでした。私、先輩と仲良くしたくて、からかってるつもりで嫌なこと言っちゃって……」
随分としおらしく下手に出てきたのは、あの後輩だ。忌々しくて仕方なかった奴だが、あの一件は反省に値するものだったようだ。
「まぁいいよ、今更どうでも。それより、ほっといて欲しいってのが正直なところなんだけど?仲良くとか知ったことじゃないしな」
「うぅ……でっでもぉ……」
というかコイツは、今の状況を見て何も思わないんだろうか?俺は今、楓と一緒にいるというのに、そんなに絡みに来られても迷惑極まりないのだが。
当然だが、何が何だか分かっていない楓は首を傾げている。
「どうしたの?」
そんな中、後ろから女の子の声が聞こえてきた。まぁ聞き慣れた声なんだけど。
「結々美か……いや、面倒なのに絡まれてるだけだから、お気になさらず」
「そうなんだ……あれ?あなたってもしかして……」
正直 結々美とも変に関わりたいつもりもないので、困ったもんだ。そう思っていたのだが、どうやらコイツらは知り合いのようだ。
「知り合いか、じゃあ後は頼んだ」
「え、何言ってるの?だって雫、この子……」
せっかくなので結々美に押し付けてしまおうと考えたのだが、何故か彼女が首を傾げる。俺はこの後輩の名前も知らないのに、まるで関係者みたいなことを言われてしまった。
全く心当たりがないので首を傾げることしかできないのだが、後輩の方は何故か狼狽している。
「もしかして、ほんとに知らないの?あんなに血相変えてたのに?」
「あっあの、海木原先輩?」
「なに?」
目を丸くしている結々美が、その後輩に声をかけられて冷たい声を出した。初めて聞いたぞそんな声。
それを受けた後輩はピクリと肩を震わせて、怯えた表情を浮かべ、俯き押し黙る。
「……あのね雫?この子中学の時にさ、瑞稀ちゃんをいじめてた子だよ」
結々美はそう言った。中学三年の時、瑞稀の様子がおかしい時があって、心配だった俺は瑞稀のクラスまで様子を見に行ったのだ。
そこで見たのは、縮こまっている瑞稀に複数人で手を出している女子生徒たち。その程度はよく覚えていないが、行われていたことに対して頭が真っ白になるほどに腹が立ったことはよく覚えている。
結々美に言われてみると、その面は確かに、そのいじめっ子たちの中心人物であった。
どうして忘れていたのかは分からないが、やはり誰かを加害しないと生きていけない性格なんだろうな、この後輩は。
だからこそ、例えコイツのこと自体は忘れても、その加害性とか不快感とか、そういうことは体が覚えていたのかもしれない。
「行こう、楓」
「あっうん」
これ以上ここにいると、どんどん不快な気分になってくることは明白だ。だから俺は、楓の手を引いて立ち去った。
「あ、先輩……」
「なんで雫に構うのかな?キミのせいで──」
俺たちが立ち去る時に聞こえてきた二人のやりとり。その話を聞くつもりがなかった俺の耳には、結々美の声だけが残った。