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感情という錘  作者: 隆頭
第一章 幼馴染

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二十六話 元カノ

 軽田が結々美を襲ったという噂が出て数日経過した。相変わらず軽田はクラスで居場所を失ったままで、俺はというとほんの少しだけマシな扱いになっていた。

 まぁマシといっても、数人からはまともな態度をされているというだけで、本来はスタートラインと言った方がいいのだが。

 それに、その人数だってクラスの半分に満たないくらいだし、本当に相対的なものでしかなかった。まぁ不満はないけどね。


 少しだけ喋るようになったクラスメイトから楓との関係を聞かれ、正直に答えたところ数人の男子はショックを受けていた。女子は納得していたけど。

 そんな彼らに見送られ、楓と二人で教室を後にする。今の時間は既に放課後だ。

 ちなみに和雪は友人たちと遊びに行くみたいで、今日は別々である。


 ぼちぼちと歩きながら途中でコンビニに寄り、暑くなってきたのでアイスとジュースを二人分買って、食べ歩く。ちょっとしたデート気分で幸せだ。

 楓に一つずつのジュースとアイスを渡すと、彼女は ありがと♪と言って受け取った。

 サイダー味の棒アイスを食べながら、再び帰路に着く。話すのは明日の事だ。

 せっかくの休日で、明日はシフトを入れていないので一緒に遊ぼうという話になり、せっかくならカラオケでも行こうかという話になった。

 学生ならやっぱりカラオケじゃない?学生だと割引とかあるし、少なくとも俺はそうだ。


 楓の家に着く頃には話がまとまって、明日は午前十時頃に待ち合わせることになった。場所は近くにあるちょっと大きめの公園だ。


「それじゃあまた明日ね、雫くん!」


「うん、また明日」


 そう言った俺たちは別れ際、夕日と言うには些か明るい光に照らされながら唇を重ねた。最近では恒例ともなっている挨拶。

 数秒もない時間が経ってからゆっくりと唇を離し、楓は手を振りながら家に入った。その頬は相変わらず赤くなっており、まだまだ初々しさが抜けていない彼女がとても可愛(いとし)く感じた。


 俺も家に帰ろうと歩き出してしばらく、先ほどから着いて来ている人物に声をかけた。相手が相手だけに、楓を巻き込みたくなかったから。


「あの噂の話?」


 その人物に向けて俺は言い放つ。後ろにいる相手に向けて、顔だけをそちらに向けながら。

 隠れていたつもりになっている彼女は、ゆっくりと姿を表した。バレバレだったけどね。


「えへへ、バレてたんだ……」


 照れたように笑ったその表情は、随分と久しぶりに感じる。俺が大好きで仕方なかった笑顔。

 言うまでもなく相手は結々美だ。彼女はそのままこちらに歩いてきて、自然な距離で足を止めた。まるで友人というくらいの距離感。


「バレバレだったよ」


「そっか……それで、話は雫が言った通り、軽田くんの噂だよ。もう全部分かってるとは思うけど」


「さぁ?説明してくれないと、確信はしても確証は得られない。誤魔化さないで、ちゃんと話せば?」


 申し訳なさそうに言った結々美だが、それなら素直にちゃんと話して欲しいところだ。回りくどいことは好きじゃない。

 まぁ、あんな噂の真実を知ったところで、どうという話だが。


「そうだね、ごめんね……それでね?私が軽田くんに襲われたっていうのは、嘘なんだ。正確には、私が手を出させたというか、私が自分で抱かれたの。雫を悪者にするような嘘で雫を追い詰めたから。自分がやったことの重みを知って欲しいなって思って」


「それで、好きでもない男に抱かれたのか。随分と無茶するな」


「そうだね、本当は嫌で仕方なかったよ。でももう、雫に抱いて欲しいって言える立場じゃないから、どうせならこの体を利用しようかなって思ってね」


 自嘲気味にそう言った結々美に、思わずため息が出る。それではまるでリストカットではないか。相手を巻き込むタイプの自傷行為だ、あまりに馬鹿げてる。


「もちろん、自己満足だっていうのは分かってるよ。別に感謝して欲しいなんていわないし、それならキスでもしてくれた方が嬉しいな……なんて。雫以外の人に抱かれるなんて、そんな汚いことするなんて考えられなかった。間違いばっかりだね、私」


「人間誰だって間違いはするだろ。たった一人との関係がなくなっただけで、それだってよくある話だし、それも一つの経験として学んでいくしかない」


 淡々と告げた俺の言葉に結々美は そうだね…と返した。心配になるくらい、落ち着いた暴走状態となっている。

 そのまま一線を越えてしまわないか、心配になってくる。


「とりあえず、話はそれだけ?」


「えっとね、まだ少しだけ……っていっても、大した話じゃないんだけどね。それでなんだけど、雫って引越したんだね。瑞稀ちゃんから聞いたよ」


「あぁ、引越したよ」


 本当に大した話じゃなかった。別に口止めもしてないし、家を聞かれたら答えないだけなので、ただの事実確認でしかなかった。


「そっか……まぁ、場所を聞くわけじゃないけどね。ただ聞きたかっただけだよ、雫とほんの少しでもお喋りしたいだけだったから……えへへ」


 どことなく悲しそうな笑み。とめどなくネガティブな雰囲気を出し続けている結々美だが、だからといって俺ができることはない。

 結々美が始めた事が、こうして尾を引いただけだ。もちろん俺が彼女の選択に影響を受けてした行動もあるにはあるが、やはり自業自得じゃないかという感想は拭えない。


「ごめんね、私のワガママに付き合ってもらっちゃって……そろそろ行くね、バイバイ!」


「あぁ、じゃあな」


 精一杯の空元気からのめいっぱいの笑顔の結々美に軽く手を振りながら、改めて帰路に着く。

 あんまりにも痛々しい姿が見ていられなかったのだ。


 喋りたい気持ちに嘘はないだろうが、一人で静かに涙を流したいという気持ちも感じた。

 ただでさえネガティブな雰囲気を纏っている上に、せめぎ合うその感情で結々美から感じられる情緒はだいぶめちゃくちゃだった。


 俺は既に彼女の恋人でもないし、無責任に甘い言葉は(ささ)けないし、軽いノリで慰めることもできない。

 抱擁(ハグ)接吻(キス)も交わせない関係性じゃ、できることはそっとしておくことだけだ。そういうことをすれば、かえって結々美を壊してしまうだろう。


 敢えて冷たくしないと、結々美が前に進めないんだ。いい加減新たな出会いをして欲しい。


 俺ができるのは、そう願うことだけだ。ただ幸せあれと。


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