二十五話 因果応報
楓と結ばれた次の登校日、少しだけワクワクしているように感じる。こういう気持ちになるのなら、感情があるのも悪くないだなんて、そんなことを何となく考える。
相変わらずクラスの連中は俺に対して剣呑な視線を向けてくるが、前よりもだいぶその人数が減ってきていることに気付いた。
なんなら教室に入ったときに挨拶までされたくらいだ。本来ならば当然のことのハズだけど、俺にとっては驚くべき事態。
不思議なこともあるものだなぁと考えてボケッとしていると、不意に後ろから腕に包まれた。正確には、抱き締められたのだ。
「おはよ、雫くん♪」
「おはよう楓」
その人物は楓であった。席が後ろなので当然ではあるが。
それから二人で雑談を楽しんでいると、軽田が教室に入ってきた。しかし、その雰囲気はどこか重苦しい。
いつもの軽薄な雰囲気はどこへ行ったのだろうかと思ったが、周囲をよく見てみるとヤツに向けられた視線や雰囲気が、かなり険悪であることが分かった。
「うわっ、マジ?アイツよく来れたね……」
「有り得ねぇってホントに。だってアイツ無理やりやったんだろ?」
「嘘はつくわレイプするわ、アイツってノリは軽いけどそんなヤツじゃないと思ってたのに……」
「ぶっちゃけ寺川よりやばくね?」
クラスメイトたちがボソボソと聞こえる声で噂している。レイプとは……?
意味が分からずに首を傾げていると、楓がそっと耳打ちしてきた。ちょっと気持ちいい。
「雫くん知らないっけ?軽田くん、一昨日 海木原さんを押し倒したとかなんとか……それって私たちと会った後のことかな?」
「いや、まったく知らない。それってクラスグルの?」
ウチの……というかどこでもそうだが、皆が使っているメッセージアプリにある、複数人で会話ができるグループ機能を使い、ウチのクラスメイトたちでメンバー構成がされたグループ作ってある。
俺は基本ぼっちなので入ってはいないし入る気もないが存在は知っている。単純に誘われても拒否しているだけだ。
楓はそのグループに入っているので、その中で共有されているであろう、軽田のレイプというネタを知ったのだと思う。
そう思っての俺の問いかけに楓は うんと頷いた。
「ふぅん……まぁ考えたって仕方ないでしょ。俺たちは当事者じゃないから、ただ見守ることしかできないよ」
「そうだよね」
ぶっちゃけ、結々美が助けを求めてきたのならば多少は考えるだろうが、例え軽田がそれを求めてきたところで絶対に手を貸すつもりはない。
まぁ結々美相手でも、考えるってだけで手を貸すわけじゃないから、大して変わらないけどね。
そんな話をしていると、今度は結々美もやってきた。もう一人の当事者であり、噂によれば被害者でもある。
まぁ本人からの訴えならば、もはや噂ではなくほぼ事実なわけだが。ほぼというのは、その訴えが本当である前提に確証がないためである。
要はウソや誇張、或いは仕組まれたものである可能性は、俺からすると払拭できないのだ。
他人からするといくらでも邪推できてしまうのだ。だからこそ、口を噤むべきなんだと思う。
俺は散々、その被害を受けてきたからよく分かる。
教室に入ってきた結々美は沈痛な雰囲気を纏っており、傷心であることが窺えた。こうして見てみると被害に遭った可能性は高そうだ。
まぁ、だからなんだという話だが。
周囲の連中は結々美に対して心配そうに声を掛けたりしている。対する軽田の肩身は狭そうだ。
結局訳の分からないままに一日の授業が終わった。余計なトラブルに巻き込まれないためさっさと帰ってしまおうと、楓と和雪の二人と共に教室を後にする。
校舎を出て校門を抜けて家に向かって歩く。俺を含め三人とも家が同じ方向なので、少しだけ心強く感じる。
「結局、なんだったんだろうなありゃ」
そう言ったのは和雪だ。きっと噂のことを言っているのだろうが、俺にも何が何だか分からない。それはきっと楓も同じだろう。
「まぁ因果応報なんじゃないか?俺が結々美を脅したなんて嘘を言いふらしたのはアイツだろうし、自分のやったことをしっかり理解すればいいと思うよ」
「え、嘘?」
俺の言葉に楓がそう返し、和雪と同時に驚いた表情でこちらを見る。冷静に考えてみればそう思う。割と確信に近い話だ。
「うん。多分だけど、俺はそう確信してるよ。なんでと聞かれると説明しにくいんだけどさ……例えば、結々美と仲のいい人たちが今日の朝、俺におはようって言ってきたし、結々美がなにか言ったんだろうなって」
「そういやそうだな。アイツら、いつも結々美と喋ってたし」
そもそも、あの噂が出た時も彼女らはそこまで強い敵意は向けてきていなかった。多少はあったけれど、それでも他の連中と比較すると、マシな方だったのだ。
それだけと言われればそうだけど、もし結々美が積極的にあの噂を流布していたとすれば、彼女らはもっとキツい対応だったと思う。
まぁ、全部は予想に過ぎないが。




