二十四話 怒りから憎しみに
夕暮れ時と言うにはまだ少し早い時間帯に、私……海木原 結々美はゆっくりと家へと足を進める。どちらかと言えば、トボトボと歩いているのだけれど。
つい先ほど雫に会うために彼の家に行った私は、その妹である瑞稀ちゃんに、衝撃的な話を聞かされた。
雫は引越してしまい一人暮らしをしているので、家に来ても会うことができない。
改めてクラスに蔓延している噂が根も葉もないものであるということを、彼に説明しようと思ったのだ。
もちろん、その噂が軽田くんの嘘であるということも既に分かっているし、それについても私の友人に話をしている。
その子たちはちゃんと私の話を信じてくれたのだけれど、初動が遅れてしまったために中々噂の払拭ができずにいた。
そのあたりも含めてちゃんと彼に話をして、少しでも関係を戻したいと思っていた矢先に、まさか彼が引越しただなんて……
でも、私に訪れる衝撃はこれだけではなかった。
「えっ、雫?」
「あ……」
歩いている私の目の前に現れた雫。でも彼は、なぜか米倉さんと一緒にいて、しかも手を繋いでいた。いつもより密着している身体を見ると、胸が締め付けられるように苦しくなってくる。
前から仲が良かった二人だけど、もしかしてという不安が過ぎる。というか、この距離感を見ればもはやそれはほぼ確信だった。
「なんで、米倉さんと……?」
おそるおそる出る言葉。聞くのが怖いけど、なぜかそう問いかけてしまった。
多分、半ば諦めているんだと思う。
「別に一緒にいるだけだ。付き合うことになった二人が一緒にいるなんて、なにかおかしい?」
あっけらかんと告げられた言葉に、私は言葉を失った。でも、彼の言い分は間違っていないし、
私が何を言う権利もない。
自分が始めたことがこんな結果を招くなんて、あの時は思いもしなかった。後悔は先に立つものじゃないからこそ、あんなめちゃくちゃなことはするべきじゃなかったんだ。
「おかしく、ない……よ」
私はただ、掠れた声でそう答えるしかなかった。ただただ、私のせいだから。
「とりあえず、もう行っていいかな?」
「あぁ、うん……ごめん、ね……」
無表情のまま米倉さんの手を引いて立ち去っていく雫に、私は何も言えなかった。彼と私が付き合っている頃から米倉さんは雫と仲が良かったけれど……そっか、好きだったんだ。米倉さん。
何も考えられないままに、私は家に足を進める。さっきとは違い、駆け足で。
袖で乱暴に涙を拭って、辛い気持ちのままに足を動かす。
家に向けて走っている時に、誰かが声をかけてきたけど、それも無視して走る。しかし、その人物は私の肩を掴んだ。
「おい結々美、待てって」
「え、軽田くん……」
最悪だ、よりによって彼と出会ってしまうとは。変な噂を吹聴されたことに対する不快感は収まっていない。
それに、先ほどの出来事も含めて彼に対する不快感は大きくなるばかりだ。それが怒りに変わるのに、そこまで時間はかからなかった。
「ったく呼んだのに無視しやがって……って、何泣いてんだよ。なんかあったのか?」
喋りたくもない相手が、ズケズケと私を心配しているような言葉を並べる。見れば見るほどに苛立ちは強くなる。
「なんでもない、離して」
「嫌だね」
軽田くんはいつの間にか私の手首を掴んでいて、引っ張って解こうとするも上手くいかない。
仮にも年頃の男子相手だから、力勝負では勝てない。
彼のせいで、私は雫に嫌われてしまった。そんな思考が私の頭を支配して、段々と悪い考えが浮かんでくる。
「どうして?」
「そりゃあ、お前は俺の彼女だからだろ。自分の女が泣いてんのに無視できるか……それで、相手は寺川か?」
彼はぬけぬけとそう言った。嘘の噂で雫を追い詰めるような真似をしておいて、私の彼氏ヅラ。
強くなり続ける苛立ちは、いつの間にか憎しみにも似た感情に変わり、今度は私が彼を追い詰めてやろうという、真っ黒な感情が顔を出した。
なんの慰めにも償いにもなりはしない、完全な自己満足。でも、やらずにはいられない。
徹底的に。




