二十二話 ある想い人への気持ち
寺川 雫くん。それは私の好きな人の名前だ。周りの人達は彼のことを根暗だ陰湿だと言うけれど、私はその心根にある優しさをなんとなく感じている。
根暗というより、落ち着きがある感じ。常に冷静ではあるけれど、冷酷だったり気取ったりという感じではない。
もっというと、不器用なんだと思う。
陰湿と言われるようなところはないし、根暗というのも含めてただの良からぬ噂というか、そんなものだよね。
そんな雫くんと知り合ったのは高校一年になってからで、同じクラスである彼と席替えで隣になったことで関わりが始まった。
最初は彼に対して とっつきにくさを感じていたのだけれど、話してみるとこれがまた楽しいんだ。
具体的にどうとは説明しづらいのだけれど、それでも彼の声やふと見せる微笑み、そしてその雰囲気がすごく良いなと思ったんだ。
声量自体はそこまで大きくないけれど、よく通る声なのかとても聞き取りやすいし、聞いていると安らげるから、私は彼の声が好き。
話のテンポも良くて、私の言葉にちゃんと耳を傾けてくれる。コチラの話を遮ることはないし、偶然被ってしまっても譲ってくれたり。
そんな人との関わり方も上手だけど、勉強もできるから、授業で分からないことがあった時は尋ねると答えてくれる。
そんな雫くんの良いところは沢山知ってきたけど、それでももっともっと彼のことを知りたくなってくる。大好きなんだ、彼のことが。
だけど、雫くんには海木原さんという恋人がいる。彼女も実は人気者で、色んな人から声を掛けられているところは見たことがある。
それでも彼女は雫くんとの関係を周りに見せつけることで、周囲の男の子たちを諦めさせていたんだ。
だから私も、雫くんのことは見てるだけしかできないんだなと、次第に強くなる想いに蓋をしていた。寂しい気持ちに蓋をすれば、段々とソレが熟成していくとも知らずに。
だけど、一年ほど経過したある日、お似合いだった二人が破局したことを知った。海木原さんは事もあろうに、軽田という人と付き合ったらしい。
そういえば去年もいたような気がする、そんな認識の人。どうでもいいけど、雫くんにつっかかるのは辞めてほしいと、何度も思ったものだ。
お調子者なのは分かるけど、無駄に大きな声で騒ぐ彼には不快感を抱いたことがある。加えて誰彼構わず色んな女の子に手を出そうとしては、尽く振られている人。私にも来たけど、結構うざい。
それなりの人数から告白とかもされたけど、彼が特別鬱陶しかったことだけは覚えてる。
そんな人のどこが良いの?とは思ったけど、陰湿な私は傷付いている雫くんに近付くチャンスだと考えた。
せっかく訪れたチャンス、モノにするしかないんだと。
醜い噂や、嫌がる雫くんを執拗に追いかけ回す海木原さんに苛立ったりもしたけれど、その度に私の中にある " 彼に寄り添う決意 " が強くなる。
そうこうしていると、雫くんの友人である天野くんと話すようになった。当然だけど、雫くんのことで。
彼いわく " 雫は色々と辛い目にあっているから、米倉が傍にいてやって欲しい " とのこと。
そして語られたのは、雫くんが家庭で孤立していることだった。助けたはずの妹さんから拒絶され、母親からも相手にされない日々。
その上、先の出来事も相まって、どんどん追い詰められていく雫くんが見ていられなかったそうだ。
ただ異性であるだけの私に何ができるだろうとは思ったけど、とにかく寄り添ってあげて欲しいんだとか。雫くんがもう一度、深く信頼できる相手になって欲しいと。要するに恋人ということだ。
とっくのとうに私の気持ちは天野くんに見抜かれていて、雫くんが受け入れられるように手を貸してくれるみたい。
つくづく機会に恵まれた私は、自分でも動こうと考えた。それが今回のお泊まりだ。
快く受け入れてくれた上に、なんと彼は私に手料理までご馳走してくれた。すごく美味しかったし、また食べたいな。
しかもその後は、お風呂に入るという最高のチャンスをくれた。もしかしたら彼も私の気持ちに気付いているのかもしれない。
それなら乗り込まないなんて選択肢はないよね?
服を脱いだ後、先程渡されたバスタオルを身体に巻いて、私は浴室に飛び込んだ。一糸まとわぬ姿をした雫くんに、私の中の色んなものが弾けるように暴れ回る。
ドクドクと強く跳ねる心臓のせいで落ち着かないし、なにより目の前にある誘惑のせいで、何もかもをかなぐり捨てて彼だけが欲しくなる。
引き締まった身体、思いの外大きな背中に少し赤く染っている頬。意識してくれてるのかな?自分で言うのもなんだけど、私 意外とモテるんだよ?
今まで面倒だと思っていたけど、私の女としての価値がこんなところで役に立つのなら、思う存分に使ってしまおう。
雫くんの理性を、少しでも崩すことができるなら。




