二十話 早すぎる展開
「お邪魔しまーす!」
「いらっしゃい」
新しく住み始めた家に上げたのは、一昨日に遊びに来る約束をした米倉だ。元気よく挨拶をした彼女に俺も返事をする。
「まぁとりあえず、そこに座っといて」
「はーい♪」
俺が選んだのは、一人暮らしにピッタリな1Kの物件だ。雨風凌げれば充分なので、家賃の手頃さも考えるとこれ以上の物件は無い(個人の感想)。
一応お客さんが来るということで、飲み物は用意してある。キッチンでコップを用意し、昨日買っておいた飲み物を注ぐ。
「はい」
「ありがとっ♪」
飲み物を受け取った米倉を見て、俺も腰を下ろす。本当に出せる物がないので、歓迎もなにもあったものではないが、これで本当に良かったのだろうか?
「一人暮らしかぁ……寺川くんって家事もできるの?」
「そうだね、簡単なことならある程度は家でもやってたから。むしろこっちの方が、全部自分のペースでできるから楽なくらいだよ」
実際、向こうでは瑞稀や母さんを避けるように動いていた。洗濯だって、二人とは別になるようにさっさと終わらせてたし、食事だって自分で用意してたから、意図せず一人暮らしの練習をしていたというわけだ。
「すごいなぁ……やっぱり寺川くん格好良いよ、私そんなのできないもん」
「そりゃ俺だって最初はできなかったよ。ちょっとずつ練習すれば、いつの間にかできるようになってるもんだよ」
「そっかぁ……でもやっぱり私は、格好良いと思うな」
「そっか、ありがとう」
随分と褒めちぎってくれる米倉に、自然と胸が暖かくなる。彼女はやっぱり、本当に素敵な女の子だと思う。
「もし良かったら、今度お泊まりしてもいい?寺川くんの作った料理とか食べてみたいし」
「お泊まりはライン超えてない?」
米倉が同性ならいざ知らず、同い年の異性となれば意識しない方が難しい。俺だって年頃の男なのだから……とは思ったが、これは多分 " そういう事 " なんだろうと察した。
なにも思うところがないのにお泊まりの提案はあまりに無防備と言える。いい歳こいてそれが分からないほど、緩い人間ではないはずだ。
「あははっ、だよね!さすがにダメだよね!」
誤魔化すようにわざとらしく笑う米倉を見て、少しだけ胸が苦しくなる。失敗を誤魔化すような、恥ずかしさから目を逸らすような態度が、見ていて少しだけ辛かったんだ。
別に下心があるわけじゃない。
「いいよ、おいで」
そんな俺の返事に米倉は、目をぱちくりとさせた。まさかの返答に面食らったような感じ。
それから一拍置いて理解したのか、彼女は顔を真っ赤にした。
「えっえっ?いいの?本当にいいの?」
「ちゃんと親御さんに許可は貰ってきてね。そうすれば大丈夫だから、都合が合えば俺はいつでも歓迎するよ」
「ッ〜〜!ありがと!今日帰ったら話してみるね!」
要するにそういう訳だ、これで何も思っていないという方がおかしい。
顔を真っ赤にして嬉しそうに笑って、すぐにでもというほどに前のめりにお泊まりを楽しみにしている。
ましてや、異性の家で二人きり。大人もいやしないのに、本当ならば警戒して然るべき。
だけど、ここまで嬉しそうにしているのにそんなことを言うのは野暮というものだろう。
なんでも正論を言えばいいってものじゃない。
「もし決まったら連絡してよ、準備とかあるからさ」
「りょーかいです!」
ビシッと敬礼のポーズをした米倉が、まるで遠足を楽しみにした子供のように見えた。無邪気な可愛らしさを纏った、そんな女の子。
守るべき一線は、俺が守ればいいだけの話だ。
そんな話があって数日後……というか週末。
「お邪魔しまーす!」
「いらっしゃい……こんなすぐに来るとは思わなかったけど」
どうやら米倉は親から難なく承諾を得ることができたようで、話をした日の晩に連絡が来た。
なんと週末にお泊まりできると話が来て、当日である今日は学校を終えて家にやってきたのだ、シフトが空いててマジで助かった。
もちろん彼女は家に一度帰って用意してきている。ただ布団の用意がないので、俺は別で寝ようかな?さすがに彼女をほっぽってはおけない。
「えへへ♪でも受け入れてくれてありがとね!すっごく楽しみだったよ♪」
「そりゃ良かった。とはいえ、特に催しなんてないけどな」
「別にいーのっ!寺川くんと一緒にいたいだけだから……えへへ♪」
最後の照れ笑いもそうだが、結構火力の高い台詞である。こんなもん下手な男子が食らったらイチコロだ、それくらい可愛い。
だけど凄く嬉しいものである。