十六話 母との過去(2/2)
瑞希が小学校卒業を目前に控えている頃、私はずっとそちらにかかりきりだった。
雫との時間を作らないといけないなんて思いつつ、その実全くできていなかった。
今思うと、本当に酷い母親だったと思う。やっている事は、雫からすれば妹の瑞稀を溺愛し、自分を蔑ろにしている母親だ。
確かに瑞稀は可愛い娘で、とても大切な子だ。
でもだからといって、雫が可愛くないなんてことはない。同じくらい大切だ。
ただ、雫に何かを しなければならない事 が少なく、また頼りにしていたからこその安心感から、後で良いかという考えがあったために、なんでも瑞稀優先にしすぎていた。
雫の時は卒業式にも、入学式にも行かなかったのに、瑞稀の時は卒業式にも入学式にも出た。
今考えてもこの格差は酷すぎる。
言い訳にもならないが、よりにもよって雫の時はどうしても外せない仕事が被っていたのも影響している。
でも雫は、不満の一つも言うことはなかった。
要望やお願いも同じで、何一つすることはなかったけど。
気付けばちょっとした雑談もすることはなくなり、笑顔もとうの昔に見せることはなくなっていた。それに気付かなかった私は、相も変わらず瑞稀ばかり。
そんな最中、とある事件が起きた。
瑞稀が学校でいじめを受けて、それを知った雫が犯人の子たちに怒ったらしい。その時の剣幕が相当だったようで、瑞稀がすっかり怯えてしまっていたのだ。
そんな瑞稀を気にして、放っておけないと言う雫に私は距離を置くように言った。
『嫌がられてるのなら、距離を置いた方がいいんじゃない?』
今考えると、あまりに言葉足らずだったと思う。当時の私はそんな事すら気付かずに、やはり瑞稀を心配した。
雫が怖いと言った瑞稀が、できるだけ一緒にいたくないと言ったので、できるだけ引き離すようにした。
距離を置かせたいからと、瑞稀を連れて出かけてばかり。その間ずっと雫は一人だ。
本来ならば二人の話をちゃんと聞いて、ゆっくりと溝を埋めるべきだった。ほとぼりが冷めるまで距離を置かせて、間を取り持つべきだった。
それをしなかった結果が今だ。笑い話にもならないほどに滑稽で、母親を名乗る資格もない見苦しい対応。
この数年で雫と過ごした時間は、酷すぎることに先程の数分だけだ。今までの積み重ねを鑑みれば、相応の結果というものだろう。
今更悲しむのもおこがましいというのに、涙が止まらない。
思い返せば思い返すほどに、瑞稀との時間しかない。瑞稀は悪くない、どう考えても私が犯したミスの連続が悪い。
そんな後悔に苛まれている私の耳に入ってきたのは、また別の足音だった。
まさかの雫かと思った私は俯いていた顔を上げるも、そこにいたのは瑞稀だった。涙を流した瑞稀が立っていた。
「お母さん、どうして止めてくれなかったの?」
「ぅっ……」
瑞稀の言葉の意味は、考えるまでもなく雫の事だった。その言い分はもっともだ、それをできなかったのは過去の私の行いによるもの。
「お兄ちゃん行っちゃうの?嫌だよ、お兄ちゃんとまだ一緒にいたいのに……」
「ごめんね、瑞稀……」
力足らずの私にできることは、ただ謝る事だけだった。瑞稀は振り向いて、泣きながらリビングを後にする。
再び一人残された私は、ただすすり泣く声を響かせながら、後悔に暮れ続けていた。
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なんとか母さんに、一人暮らしのために必要な手続きをしてもらう話がついた。もう少しでやっと家から出られる。
それを拒んだ母さんに疑問を感じたものの、それは親としての建前か何かだろうと自分を納得させた。
瑞稀と一緒なら悲しむことはないだろう、問題ない。
とはいえ引越しはまだ少し先のことだし、必要な荷物も多くないことから準備するにも早すぎる。
そのため今から勉強でもしようかと考えていると、誰かが扉をノックした。すぐに扉が開けられたことで、それは瑞稀によるものだと理解した。