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感情という錘  作者: 隆頭
第一章 幼馴染
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十五話 母との過去(1/2)

「いきなり時間を取らせてごめん」


「気にしないで。私にできることならなんでもするから、なんでも言って」


 久しぶりにちゃんと話ができる、そう嬉しい気持ちになっていた私に冷や水をかけるような言葉。

 雫にそんな言葉を出させてしまった自分を恥じるが、母親としての役目を果たすために、できることをしたい。


「それで、なにかしら?」


「大したことじゃないよ。家を出て一人暮らしをしたいから、家を借りる手続きを手伝って欲しいだけ」


「え……」


 言葉を失った。

 サラッと雫の口から語られたソレを噛み砕くのに、数秒ほどの時間を要した。

 目を見開いたままの私は、恐る恐る口を開く。


「一人暮らしって……どうして?」


 声が震え、狼狽しているのが自分でもよく分かる。遅すぎたんだと滲む後悔と同時に、今からでも止めなければならないと思った。

 せっかく家にいられる時間が増えたというのに、このままではソレをなにも活かせていない。


「どうしてって言われても……ただ、少しでも自立したいなって思っただけ」


「そんな、まだ高校生なんだし気にしなくてもいいじゃない。もっと甘えてもいいのよ?そこまで気にしなくたって別に……」


 なんとか考え直してくれないかと説得を試みる。でも、雫は眉ひとつ動かすことなく言った。


「そうなんだ、でも大丈夫。俺がやりたいだけだから」


「えっと……そうは言っても、私色々と心配で……っ」


 そこまで言って気付く。ここ最近の雫は、自分に纏わる家事をほとんど全て行っていたことを。

 自分のご飯代まで自分で用意して、洗濯をやって、掃除までしている。家賃だからとバイト代のいくらかを渡してもくれる。

 携帯代は無理を言って私が払っているけど、このままではそれすらも自分で払うと言い出しそうだ。

 そうなれば、私は親としてのいる意味が無くなってしまう……そんなのは耐えられない。たった一つだけでいい、何か力になってあげたいのだ。


「大丈夫だよ。多少のことは苦労(うまくいかなかったり)するだろうけど、なんとかやっていくから。母さんは気にしないで」


「待って、考え直してくれない?私に気を使っているなら、そんなことしなくても──」


 私がそこまで言うと、雫は ハァ…とため息を()いた。思わずピクリと肩を震わせてしまう。


「違うんだよ、そうじゃない……ハッキリ言うよ、居心地が悪いんだ。家にいたくない」


 俯きがちにそう言った雫に、私は何も言えなかった。自分の子供にそんなことを言わせたことに、酷く苦しい気持ちになる。


「家にいるのに、ずっと一人なんて、もう嫌なんだ。それだったらいっそ、一人暮らししてた方が良い」


 言葉が出ない。ただ間抜けな顔で口を開けたまま、その言葉を反芻していた。





 雫は話を終えてリビングから出る。階段を登る音が微かに聞こえる中、残された私は涙を滲ませていた。


 結局、雫の頼みを受け入れることしかできなかった。


 そこまで追い詰めてしまったのは私だ、それなのにどうして食い下がることができるだろうか。

 家にいる時間が増えたというのに、何一つ活かせないで、雫に寂しい思いをさせ続けていたんだ。




 離婚したのは確か、雫が小学生になったばかりの時だったと思う。

 その時は今ほど忙しくなくて、まだ雫とも瑞希とも沢山の時間を割けていた頃だった。まだ雫がずいぶんと明るかった頃でもある。


 そして四、五年ほど経って、仕事が忙しくなってからは家を空けることが随分と増えた。おかげで子供たちを養うお金は充分だったけど、その分二人に向けられる愛情は減った。

 私がいない分、瑞稀の傍には雫がいてくれたし、お金を渡せば自分たちでご飯を用意していたので仕事に集中することもできた。


 そうして気付けば、雫は中学生を目前にしていた。忙しくなってから授業参観や運動会といった行事に顔を出さず、卒業式もそうだった。

 辛うじて三者面談は時間が取れていたものの、それだけだ。特に心配事もなかった私は、安心したという言い訳をして雫を放置していたのだ。


 ちょうどその頃から仕事に余裕ができはじめ、瑞稀に同じ思いはさせまいと、そちらに時間を割いた。相変わらず雫を置いたままに。



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