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感情という錘  作者: 隆頭
第一章 幼馴染
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十四話 明確な拒絶

 頭に()ぎった嫌な予感が、ジワリと汗を滲ませる。背中に伝う汗が、やけにこそばゆく感じてしまう。

 意を決して扉を開けたところで、玄関から扉を開ける音がした。誰かが帰ってきた。

 時間的にお兄ちゃんだろうけど……と思ったところでハッとして、すぐに扉を閉める。


 そのせいで中の様子を見ることが出来なかったけど、ほんの少しだけ安心した気分になる。

 怖いものを見なくても良いという、そんな安心感。その気持ちを紛らわすために、トントンと階段を降りて玄関へ向かう。


「あっ、おかえりお兄ちゃん」


「ただいま」


 結々美ちゃんの話を聞いたからだろう、お兄ちゃんから感じられる雰囲気が更に沈んでいることがよく分かる。

 だから私は、私だけでもお兄ちゃんの傍にいようと思った。


「おっお兄ちゃん!あのね、その……」


「……なに?」


 " 話がしたい " そんな一言が出てこなくてもじもじとしていると、お兄ちゃんから放たれた冷たい声にピクリと肩が震える。

 ここで諦めちゃいけない……そう自分に言い聞かせて、言葉を続けた。


「はなっ話がしたいの。前のことで、ちゃんと謝りたくて……」


 やっとのことで出た言葉。どれだけゆっくりでも構わないから、仲の良い兄妹に戻りたいと思い、私はお兄ちゃんの目をしっかりと見た。


 だけどその瞳は、玄関の明かりを薄く反射するのみで、景色も私も写ってはいなかった。


 ほんの少し、たった数秒程度の間が、やけに長く感じられた。心臓がうるさいくらいにドクドクと響き、その音がお兄ちゃんに聞こえているのではないかと錯覚する。

 そのほんの少しだけの逡巡の後に、お兄ちゃんは口を開いた。


「知らん」


 あまりにも素っ気ない一言。恐ろしく抑揚の無い声と、感情を写さない表情で告げられたシンプルな言葉。

 そう告げたお兄ちゃんは、私の横をすり抜けて部屋に向かう。そう広くない廊下なのに、服すら触れなかった。

 まるでお兄ちゃんとの間に、薄く硬く大きな壁が(そび)え立っているのではないかと、そう感じるほかなかった。


 衝撃のあまりに呆けていた私は ハッとして、振り向いてお兄ちゃんの手首を掴んだ。

 この機を逃したら、次の機会はいつなのか分からないから。


 掴んでしまえば話を聞かざるを得ないだろうと思った私は、それを受けて振り向いたお兄ちゃんに言葉を投げかけようとした。

 だけど、お兄ちゃんの眉間に寄ったほんの少しのシワが、やけに怖く感じられた。


「…………離せ」


 ほとんど無表情だけど、不快感だけはハッキリと、示すように出た一言。


 そんなこと言わなくてもいいじゃん!


 ──だなんて、そんな言葉は私から出てくることはなかった。何かを言う気力さえ、削がれてしまったから。

 離れていくその背中を見たまま、私はその場所から動くことができなかった。



 私たちの間にできてしまった大きな壁は、ほんの少しの謝罪さえも受け入れてもらえないほどに強固なものだった。

 時間をかけてゆっくりと強くしていった壁は、易々と破れるものではないのだと痛感した。



 その夜、お母さんが帰って来たあとにお兄ちゃんとのことを話そうと思った。

 どうすれば少しでも仲良くなれるのか……それを一緒に考えて欲しくて、お母さんにも協力してもらおうと思ったから。


 そう思って部屋から出た私は、リビングに向かって足を進めた。そうして聞こえてきた声は、お兄ちゃんとお母さんの声だった。

 何かを話しているみたい。そう思った私は、二人に見つからないようにそっと聞き耳を立てた。



 ─────────────────────



 仕事を終えて帰宅したところ、雫から話がしたいと声をかけられた。仕事の繁忙期が過ぎ、在宅勤務が増えて家族との時間が増えてここ一、二年の間で初めての事だった。

 私の愛する子供の一人、昔は手のかかる子供だったのが、小学生になって離婚したこともあり中々時間を割いてあげられず、気付けばすっかり手のかからない子になってしまった。


 安心する反面、どこか寂しさを感じてしまう。

 そんな気持ちがある私にとって、雫からそう言われれば断る必要などないし、そんな気もない。

 どんな下らない雑談だっていい、少しでも雫との時間を取れるならと。


 スーツから部屋に着替えてリビングに向かうと、雫はテーブルに両腕を置いて待っていた。

 その背中が妙に大きく見え、立派に成長して誇らしさと、随分と大人になってしまったという寂しさを感じながら、その向かいに座った。


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