百二話 あれから数日
麻沼と話して数日が経過した。
相変わらず楓とは付き合っていないままでいるものの、以前とはそう変わらない関係になったと思う。
もちろん、手を繋いだりハグをしたり、ましてや身体を重ねることなどはないが、それでも互いに信頼し合った関係であることは間違いない。
恋仲でなくとも支え合うという、彼女のおかけではあるものの素晴らしい関係を築けている。
では美白さんはどうなのかというと、ずっと疎遠になったままだ。楓も彼女に対し相当怒っているのか、話題に上げようとしない。
美白さんはあれだけ麻沼のことを嫌がっていたというのに、今になって仲良くしているんだろう?そのちくはぐな行動に理解が追い付かない。
もしかしたら、彼女なりに反省をしていたがゆえに落ち込んでいて、そこに麻沼が表れたから頼ってしまったということかもしれない。
もちろんその結果に至るまでには、美白さんしか分からないなにかがあったのだろうが、俺や楓にそれを知る由はない。
あれから美白さんと麻沼の関係がどれだけ進んだのかは知らないが、かなり複雑な気持ちだ。麻沼を応援したい気持ちはあるものの、美白さんの行動には納得できないことも多く、手放しでは喜べないのが現状だ。
可愛さ余ってというわけじゃないが、やはりそれなりに仲良くしていた相手にキツく言われた後では、不快感を抱かざるを得ない。
思い返すのはやはり、瑞稀や結々美の時のことだ。片や大切な妹で、片や恋人。そんな相手にいきなり突き放すような真似をされたときは、強いショックを抱いた。美白さんも、ほとんど同じ状況と言って良い。
恋人の姉で、更にだいぶ仲良くしていたその矢先にあったことなのだ。俺も麻沼と仲良くしていたのは軽率だったのかもしれないが、それならせめて一言でも尋ねてくれれば、素直に答えたのだ。
その機会を棒に振ったのは他ならぬ美白さんで、その非は彼女にもあるだろう。もちろん察せなかった俺も悪い。
だとしても、それを盾に好き勝手して良いのかと言われると、素直に頷けないのが人間だ。もちろん好き勝手にしたところで、それを咎めることはできても止めることは不可能だ。
大事なのは、それによって起きる不和や関係の歪みというのは、好き勝手にした本人が受け入れねばならないということ。
例え怒られたとしても嫌われたとしても、自分の選択によってたどり着いた結果なのだ。それが嫌だというのなら、美白さんには反省してもらうしかない。そして、同じ結果にならないようにこれから改めるしかないのだ。
それは俺も、例外ではない。
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まさか、ここまで自分の姉に軽蔑する時が来るとは思わなかった。多少なりとも変なところはある人だったけど、それでも根は真面目で、将来に向けて努力してい姿には尊敬さえしていたほどだ。
それなのに、雫くんを理不尽に傷付けて、不本意ながら別れる羽目になってしまった。当然納得はできないし、かといって彼の意思を無視はしたくない。
それに、まだまだ傍にいたいと思う私の気持ちを、彼はまだ尊重してくれているのだ。触れ合うことはできなくても、付き合う以前の関係には戻れている。
変な人たちが近付かないように、そしていつかもう一度、雫くんの恋人になれるように彼の傍にずっといるのだけれど、ふとしたときに抱き締めたくなる。
それを拒絶するような人じゃないことは良く理解しているけど、かといって甘える訳にはいかない。
席替えで離れてしまった雫くんをチラリと見ると、彼は頬杖をついて窓の外を眺めていた。そんな彼を尻目に私は教室を出て、御手洗いに向かう。
用を済ませて教室に戻ると、その途中で麻沼先輩に会った。
「あ、ども。米倉さん」
「はい、どうも」
麻沼先輩と軽い挨拶を交わし、教室に入ろうとしたところで彼から呼び止められた。
「ごめん、ちょっといいかな。寺川くんのことなんだけどさ」
「え、はい……」
麻沼はチラリと周囲を見て、人が離れていることを確認すると、小さな声で話しかけてくる。
「彼、なにかあったのかい?」
たったそれだけの言葉だけど、その意味はなんとなく分かった。雫くんから、私たちが別れたことを麻沼先輩に伝えたと聞いた。
つまり、私たちが別れた理由を聞いたのだと理解できる。
「なにかもなにも、雫くんはうちの姉に散々罵倒されて、深く傷付いたんです。だから自信なくしちゃって、別れちゃいました」
それは正直な話だった。それを聞いた麻沼先輩は、すぅっと目を鋭くした。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかい?」
「今はあれなんで、お昼でも良いですか?」
「分かった。もし良ければ寺川くんも連れてきてくれ」
麻沼先輩はそう言って、教室に戻っていった。だから私は、雫くんがお姉ちゃんに言われたことを話すつもりだ。
包み隠さず正直に。




