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感情という錘  作者: 隆頭
第四章 胸の痛み

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百一話 沸々

 (かえで)と腹を割って話をした翌日、学校で彼女から、美白(みしろ)さんが謝りたいと言っていたと聞いた。あの人がそう思っているのは理解したが、とはいえ顔を合わせるのは少し怖い。


「別に無視しても良いからね。(しずく)くんの気が向いたら、お姉ちゃんを呼びつけるからさ。だからそれまではお姉ちゃんが(しずく)くんに近付かないように言っとくね」


「ごめん、(かえで)。迷惑かけるよ」


「そんな!お姉ちゃんがバカな妄想してバカなこと言ったから悪いの!」 


 美白(みしろ)さんの行いに怒った(かえで)は、そう声を張り上げる。

 そして頬杖をついて、不機嫌そうに言った。


「それにアイツ、なんか浮かれてるし。たぶん色恋沙汰かもね、むかつく」


「え、どういうこと?」


 (かえで)の言葉が理解できず、思わず聞き返してしまう。彼女は眉尻を下げて、ばつの悪そうに言った。


「昨日、帰ってくるのが遅かったの。私が(しずく)くんの家に帰ったとき、割と暗い時間だったでしょ?」


「だな。すっかり日が暮れてた」


 少なくとも夕日は半分ほど沈んでおり、あれから日没まで三十分もなかっただろう。生徒会の仕事にしたって、たしかに遅すぎる。


「それなのに、私が帰ってもお姉ちゃんまだ帰ってきてなかったの。それに帰ってきたと思えば、なんか色気出しちゃってさ。気持ち悪い。もちろん勘ではあるけど、あながち間違ってるとは思えないんだよね、外れててほしいけど」


 もしそうなのだとしたら、気分は複雑である。相手が誰なのかは知らないが、それを知ったら麻沼(あさぬま)はどう思うだろうか?というか、美白(みしろ)さんってそんなに軽い人だったっけ?

 あまりに意味が分からなくなり、頭がショートしそうだ。目が回るぞ。


 そんな俺のスマホに届いたのは、とある人物からの呼び出しであった。




 時間が飛んで、今は一時限目を終えた放課後。とある空き教室にきた俺は、呼び出した本人を待っていた。

 すると、ガラガラと扉の開く音が聞こえて、その人が姿を表した。


「呼び出しといてごめん。待たせちゃったね、寺川(てらかわ)くん」


「いえ、いま来たばっかですよ。麻沼(あさぬま)先輩」


 そう、呼び出したのは麻沼(あさぬま)であった。朝のHRが始まる前に俺のスマホに届いたのは、彼からの呼び出しメッセージだったのだ。


「そっか……っと、手短に済ませるんだけどさ、答えたくなかったら答えなくて良いからね」


「はい」


 俺の肩に手を添えた麻沼(あさぬま)が、ぎこちないものの、優しく微笑んでそう言った。


「あれから、彼女さんとはどうだい?」


「あー……まぁその、別れました」


 俺の答えに、麻沼(あさぬま)が顔を歪めた。まるで悔やむような、そんな表情であった。


「そうか……大丈夫かい?もし辛かったら話だけでも聞かせてほしい、吐き出すだけでも楽になると思うからさ」


「ありがとうございます。(かえで)とは別れても仲良くしてますから、大丈夫です」


「ほんと?辛いなら我慢しなくて良いからね。寺川(てらかわ)くんには恩があるからさ」


「恩?」


 俺が麻沼(あさぬま)にしたのは、せいぜい相談に乗ったくらいのことだ。しかしふと思い出すのは、今朝に(かえで)が言っていた予想。


「ほら、俺の相談を聞いてくれただろ?あんな情けない姿を見せたのに、バカにすることもなくさ。話を聞いてもらうだけでも、意外とバカにならないって分かったよ。だからキミには、ほんとに感謝してる」


 麻沼(あさぬま)は気まずそうに頬を掻いてそう言った。律儀なのかは知らないが、どうやら彼なりに感謝はしているらしい。


「そのことだったんですね。そういえば、美白(みしろ)さんに相手ができたって(かえで)から聞いたんですけど、先輩はなにか知ってます?」


「えっあっ……まぁ、ね」


 俺に質問に、麻沼(あさぬま)が気まずそうに目を逸らす。この様子だと、知らないとかっていうよりも、答えづらい感じだな。

 それも、当事者として。


「もしかして、上手くいきました?」


 もしかしてと思い口角を上げて尋ねてみると、麻沼(あさぬま)は答えににくそうに目を泳がせる。そして、観念したように口を開いた。


「いっいや、その……今の寺川(てらかわ)くんに言っちゃダメなんだけどね。お陰さまでその、それなりに良い感じにはなったよ。米倉(よねくら)の妹さんなら聞いてるかもだけど、昨日はカフェデートをしてね。それも、こないだ俺たちが行った店に……っとごめん、調子に乗ったね。こんな話をするつもりじゃなかったんだ」


「いやいや、上手くいって良かったですよ。俺たちのことはこっちでなんとかしますから、先輩はお幸せにしてください。でも、変にがっついちゃダメですからね」


「その心配はないよ。ビビりすぎてできないからさ。でもほんとに、ありがとね。今度またお礼をするよ」


 いきなりの呼び出しだったが、そんな平和的な空気感で話を終えた。(かえで)にも土産話ができたし、麻沼(あさぬま)から聞いたことを伝えるとしよう。


 放課後の帰り道、(かえで)二人で歩くその時に、麻沼(あさぬま)から聞いたことを伝えた。彼と美白(みしろ)さんが良い関係になって、昨日はデートをしたという話。


「ふーん。自分は一組のカップル別れさせといて呑気にデートですか。アイツほんとに頭おかしいよ、先輩は事情を知らないから仕方ないとして、お姉ちゃんはダメだよね。なんの清算もしてないくせして、自分はちゃっかり彼氏作り?気持ち悪いなぁほんとに」


 怒り心頭といった(かえで)が、ぶつぶつとなにやらハッキリ呟いている。その内容はちゃんと聞き取れてしまったため、怒っていることがよく分かる。


「ほんとにもう……ほんっとにごめんなさい!見苦しくて仕方ないよもう!」


 足を止めた(かえで)が、頭を下げてそう言った。


「いやいや、(かえで)が悪いってわけじゃないから、謝るのはやめてくれ。マジで」


「だぁってぇ、あんなんでも一応姉だもん。家族として頭は下げるでしょ?」


 (かえで)の言い分は理解できるので、それをあまり否定することはできないが、とはいえ気まずいことに変わりはない。


「これはまた説教案件だなぁ。いくらなんでも節度ってものがあるでしょ、せめて(しずく)に頭を下げてから麻沼(あさぬま)先輩とデートするべきだと思うな」


 怒ってくれるその気持ちは寄り添ってくれるが故のもの。それを理解しているからこそ、嬉しい気持ちはある。

 とはいえ、血圧が上がりすぎないように気を付けて欲しいと、そんな的外れなことを思うばかりであった。

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