恋心、揺れる騎士たち
「ふぁ〜……」
春のような日差しが降り注ぐ中、中庭のベンチでわたし――さくらは大きなあくびをしていた。
魔獣との戦いから数日。わたしは以前より少しだけ、騎士団の中での居場所に慣れてきていた。皆の顔を見ると、安心するし、笑えるし、時々照れるけど……
(……いや、照れるのはダメだ)
頬をぺちぺちと叩いていると、
「さくら、昼寝か?」
ふいに頭の上から声が落ちてきた。顔を上げると、そこにはいつも頼りになる副団長――レオンがいた。
「い、いや、別に寝てたわけじゃ……」
「頬っぺた叩いてる時点で説得力ゼロだな」
レオンが隣に腰掛ける。近い。こういうとき、彼は無意識に距離感がおかしい。
「……さくら」
「な、なに?」
「最近、お前に近づきたがる奴が多い。気をつけろ」
「近づきたがるって……それ、レオンもじゃ……」
「俺は別だ。俺は守るためにいる」
その真面目すぎる表情に、思わずどきんとする。
「そ、そう……」
「あと、もし誰かに困らされたら、遠慮なく言え」
「う、うん……ありがとう」
そんなことを話していたら、後ろから柔らかい声が割り込んできた。
「やあ、団長。こんなところでお話し中とは、僕も混ぜてほしいな」
にこやかに笑うのは、甘い微笑みの貴公子――ユリウスだった。
「レオン、また独り占めしてるのかい? さくら団長は、皆の団長なんだからね?」
「……こいつと話してただけだ。別に独り占めなどしていない」
「そうかい? でも顔がちょっと赤いように見えるのは、気のせいかな?」
「ユリウス、テメェ……!」
一気に火花が散る空気になる。
(……始まった)
この張り合いは、ここ数日ずっと続いている。
わたしの言動一つで、誰かが焦って、誰かが牽制して、誰かが嫉妬する――そんな、なんというか、乙女ゲームの修羅場ルートみたいな状況に。
しかも今日は、さらにもう一人乱入してきた。
「団長、あの……よければ、お茶を一緒に……!」
控えめな声でやってきたのは、癒し系のカイル。
「ぼ、僕、団長の好きそうな花のハーブティー、淹れてきたんです!」
「わ、ありがとう、カイル。ちょうど喉乾いてたし……」
「さくら、そいつに毒を盛られても知らんぞ」
「レオン!?」
「毒なんて盛りませんってば!」
「うん、うん、カイルは優しいから大丈夫!」
あたふたしていたら、次に現れたのは、いたずらっぽい笑みを浮かべたセスだった。
「ねぇ団長。そんな甘い時間ばっかじゃなくて、たまには俺とも遊んでよ?」
「遊ぶって……あ、あのセス、顔近っ……!」
「おっと、ごめんごめん。でも、さくらが可愛いから、つい」
「…………」
もう、だめだ。この人たち、なんなの。
毎日が告白未遂かよ! ラブコメかよ! ラノベかよ!(←ラノベです)
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その日の夜、食堂では地味な小競り合いが起こっていた。
「団長、よければデザート、僕が取ってきましょうか」
「さくら、皿を貸せ。俺が取ってくる」
「お、おい、団長に触るなよ」
「お前も触ってるだろうが!」
がちゃがちゃと皿の取り合いをし始めた彼らに、ついにわたしは声を上げた。
「ちょ、ちょっと皆、落ち着いて!」
一斉に動きが止まる。
「……わたしのこと、取り合うの、やめてほしい……」
しん、と静まり返る空間。
わたしの手が、ほんの少しだけ震えていた。
「わたし、まだ……よく分からないの。誰が特別とか、そういうの。だから……そんなふうにされたら、わたし困る」
それは嘘じゃない。
皆のことが好き。信頼してる。でも、誰か一人を選べるほど、心はまだ追いついてない。
だから、静かに言った。
「ごめんね……」
誰もすぐには言葉を返さなかった。
でも、やがてレオンが、小さく頭を下げた。
「……悪かった。焦ってたのは俺の方だ」
「俺も……ごめんなさい、団長を困らせるつもりじゃなかったのに……」カイルが呟く。
「僕も……気持ちが先走っていた。ごめんね」ユリウス。
「うん……俺も。ごめんな、団長」セスが頭をかいた。
わたしは、ほっと胸を撫で下ろした。
「……ありがとう。みんな、優しいから」
その瞬間、不思議な温かさが広がった。
誰かを好きになるって、すごく素敵で、でもすごく怖い。
でも、今この瞬間の優しさに、わたしは救われていた。
(もしかして、こうやって少しずつ、恋に落ちていくのかな……)
心が、そっと揺れた。