魔獣襲来!初めての実戦
――その日、空が濁った。
騎士団の詰所に響き渡る警鐘の音。鋭く、重く、まるで戦の太鼓のように。
「魔獣が王都近郊の森林に現れたとの報せです! 規模は小規模、だが速度が速い!」
伝令の言葉に、騎士たちが慌ただしく動き出す。
わたしは、といえば――固まっていた。
「魔獣……って、本当に出るの……?」
まるでゲームやアニメの中だけの存在だったそれが、今、現実になっている。
「団長!」
レオンがわたしの肩に手を置く。
「無理はさせない。だが、お前自身の目で、守るべきものを見てほしい……来るか?」
迷っている暇はなかった。
「……行く。わたしも見たい」
震える膝を叱りながら、わたしは頷いた。
====
現場となった森の外れには、すでに煙が立ち上っていた。
黒い影――魔獣が数体、村の家屋を破壊している。馬のような体に、鋭い爪。真紅の目が不気味に光る。
「全員、展開!」
レオンが号令をかけ、騎士たちが一斉に動く。セスは村人の避難誘導に。ディランは前線で迎撃。ユリウスは後方支援の布陣を。
わたしはというと、遠巻きにその様子を見つめていた。何もできない。怖くて、足が動かない。
「さくら!」
叫ぶ声。振り返ると、カイルが一体の魔獣に吹き飛ばされ、血を流して倒れていた。
「カイルっ!」
その瞬間、心が跳ねた。鼓動が速くなって、視界がにじんで――
走り出していた。
「だめ、カイルを守らなきゃ……!」
無我夢中で駆け寄る。
何もできないはずなのに。
わたしの中で、何かが爆ぜた。
====
――パァァンッ。
光が弾けた。
わたしの足元から、柔らかな金色の光が広がり、カイルとわたしを包む。まるで結界のように、魔獣の爪が当たっても、破られない。
「こ、これは……!?」
騎士たちが一斉に驚きの声を上げた。
自分でも、何が起きたのか分からない。
ただ、強く思った。
「守りたい」
その一心で動いた。
魔力なんて、なかったはずなのに。
けれど、わたしの手のひらには、微かな温かさが灯っていた。
====
戦いは、すぐに終わった。
騎士たちの連携もあり、魔獣たちは撃退された。幸い、死者も出なかった。
「……大丈夫か?」
肩を貸してくれたのは、ディランだった。わたしはぼんやりしながらも頷く。
「さっきの……光は、なんだったの?」
「おそらく、無意識に発動した聖女の力。守護結界の一種だと思われます」
ユリウスが真剣な顔で言った。
「ですが、今の団長に自覚的な制御はできていない。これは……危険でもあり、希望でもある」
「希望……?」
「はい。今日、確かに、力が目覚め始めたのです」
わたしはふと、倒れたカイルの元に目を向けた。
傷つきながらも笑う彼に、駆け寄って、そっと手を握る。
「ごめんね……怖くて動けなかった」
「でも、来てくれたじゃないか。さくらさんが結界を張ってくれたおかげで、助かったよ」
優しい笑顔。その笑顔が、胸に沁みた。
====
夜。
部屋のベッドに座りながら、わたしは今日の出来事を思い返していた。
怖かった。
今でも、手が震えている。
でも、それでも。
「守りたい」って気持ちは、確かにわたしの中にあった。
「わたしにも……できること、あるのかな」
そんな独り言に、そっとブランケットがかけられた。
「っ!? ……ディラン?」
「お前が風邪でも引いたら、誰が俺たちを結界で守るんだ?」
口調はいつも通り無愛想。でも、その手は優しい。
「……ありがとう」
彼の後ろ姿を見送りながら、わたしは静かに笑った。
異世界は怖くて、不思議で、だけど――
ほんの少しずつ、好きになっている。