修行(という名のデート)開始!
異世界フェルヴァリア王国に来てから、もうすぐ一週間。
魔力はない。戦えない。でも、騎士団の団長で聖女らしい。
わたし、天野さくらは、今日もそんなよく分からない状況で奮闘している。
「……で、今日は修行って、本当に?」
「もちろんです! 聖女としての潜在能力を高めるには、まず体力と信頼の構築が必要ですから!」
レオンがやたら爽やかな顔で言うけど、横にいるセスがにやにやしてるのが気になる。
「団長がそれぞれの団員と個別修行をするって案、僕が提案したんだよ〜。いいでしょ?」
「…………デートじゃん、それ」
「違うよ。訓練だよ?」
「嘘つけ!」
とはいえ、やる気に満ちた騎士たちを前に断れるはずもなく、わたしは渋々、修行(という名の個別デート)を受けることになったのだった。
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【第1の修行:レオンと剣の稽古】
「よし、構えて!」
「こ、こう……?」
「違う違う、もっと腰を落として! ほら、後ろから支えるぞ」
「え、ちょっ、近いっ……!」
背中からぴったりくっついて、手を添えてくるレオン。その体温と筋肉の感触に、思わず変な声が出そうになる。
「……こ、これ本当に修行ですか?」
「もちろん真面目な訓練だ。ほら、団長。目線を前に。俺から目を逸らさずに」
「それが一番難易度高いわ!!」
真っ赤な顔で剣を振るうわたしを見て、レオンは少しだけ優しく笑った。
「お前は、ちゃんと強くなれるよ。……その意思がある限り」
ドキン。
そう言われたとき、胸の奥がほんの少しだけ熱くなった。
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【第2の修行:セスと料理教室】
「団長、こっちこっち〜♪」
「えっ、修行って剣術とかじゃないの?」
「いやいや、人間はまず食からでしょ。団長が、いつかみんなに手料理をふるまえるようにね!」
「……フラグ立てるなや」
キッチンに立つセスは、驚くほど手際が良くて、料理男子オーラがすごい。
「ほら、にんじんはハート型に切って」
「なんでハート型に!?」
「だって、愛情込めてほしいじゃん」
「ラブコメじゃんそれ!!」
笑顔で流されながらも、なんだか楽しくて、料理が終わるころにはふたりで味見をして笑い合っていた。
「ねえ、団長。僕、こうしてると……普通の女の子と普通の男の子みたいに思えるんだ」
「……うん、なんか、わたしもそう思う」
でも、その普通が一番遠いのかもしれない。
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【第3の修行:ディランと馬術講座】
「しっかりつかまれ、落ちるなよ」
「わ、わかってるってば!」
ディランの馬の後ろに乗せられ、ぎゅっと背中にしがみつく。スピードは思ったより早くて、風が髪をなびかせる。
「怖くないか?」
「少し、でも……ちょっと気持ちいいかも」
「なら、もっと走るぞ」
ディランの低い声とともに、馬はさらに加速する。見慣れない草原の景色が流れていく。
「……ディランって、こういうときすごく頼もしいんだね」
「お前が頼ってくれるなら、何度でも馬を走らせる」
「……なにそのセリフ、かっこよすぎ」
「本心だからな」
ふと見上げた空は、雲一つなくて、少しだけこの世界にいることが嬉しくなった。
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【第4の修行:ユリウスと戦術講義】
「団長、こちらに地図を」
「えっと……このマークは?」
「敵軍の陣形だ。こっちは味方。団長が司令を出す立場だと仮定して、どう動く?」
「う、うーん……難しい!」
「ではヒントを。……いや、こうしよう。もし、俺が傷を負って倒れたとき、団長はどうする?」
「えっ……そ、それは……助けに行く!」
「では、もし別の仲間が敵に囲まれていたら?」
「……どっちも助けに行きたい……」
「その想いが、戦場では最も尊い」
ユリウスは真面目な顔で、まっすぐわたしを見つめる。
「誰かを想う気持ちが、聖女の真の力を呼ぶ。俺は、そう信じている」
「……うん。わたし、誰かを守りたいって思えるようになったよ」
いつの間にか、勉強してるのに胸が温かくなっていた。
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【夜——訓練後の静かな時間】
長い一日が終わって、わたしは庭のベンチでひとり、空を見上げていた。
まだ星が瞬く前の、薄い藍色の空。
誰かに守られるだけの存在だったわたしが、少しずつ変わっていってる。
「……団長」
振り向くと、レオンがいた。今日の剣術のときとは違って、どこか照れたような顔。
「ひとつ、伝えたいことがある」
「なに?」
「……たとえお前が、本当に聖女じゃなかったとしても、俺は変わらない。ずっと、お前を守る」
その声は静かで、でもまっすぐだった。
答えられないまま、わたしはただ、目を見つめ返す。
「ありがとう……」
それだけが、やっとのことで言えた言葉。
この気持ちが何なのか、まだよく分からない。
でもきっと、少しずつ分かるようになる。
そう信じたい——