聖女の力、発動…しない!?
異世界に来て三日目。
騎士団の団長としての朝は、容赦なく早い。
「団長、起床の時間です」
「ん〜……あと五分……」
「五分後には訓練の開始です。さあ、起きてください」
「ぬぅううう……ユリウスさん、朝から完璧すぎてツラい……」
そんなわけで今日も始まった、異世界の聖女ライフ。なんとなく慣れてきたような、でもやっぱり夢の中にいるような不思議な気持ち。
しかしこの日、ついに大きな問題に直面することになる。
それは——
「……さくら様の魔力は、限りなくゼロに近いですな」
「は?」
王宮の魔導研究室。胡散臭そうな白衣の魔導士たちが、わたしの体にふわふわした水晶玉やら光の杖やらをかざしたあと、そんなことを言い出した。
「ちょっと待って! わたし、聖女って呼ばれてるんじゃなかったの!?」
「その通りです。伝承では、聖女は奇跡の力を持つ存在とされております」
「じゃあ、なんで!? 魔力ないってどういうこと!?」
「……ふむ、あるいは、まだ覚醒していないだけかもしれませんな」
ああ、よくあるやつだ。
つまり、「今は弱いけど、いずれ凄くなる」タイプの主人公。いや、それ、王道だけど現場的には困るやつ……!
そんなわたしの動揺を察してか、騎士たちはそれぞれ声をかけてくれる。
「大丈夫、団長。俺たちが支えるから」(レオン)
「魔力だけが力じゃない」(ユリウス)
「むしろ、その無力さが守ってあげたくなるっていうか」(セス)
「そういうことを面と向かって言うなバカ」(ディラン)
みんな優しい。優しいけど、なぜか恋愛フラグが立ちすぎて頭が混乱する。
そして、そんな中——
「団長を鍛えよう!」
言い出したのはレオンだった。
「え、鍛えるって……」
「体力! 気力! そしてちょっとした護身術!」
「なるほど、それならわたしも協力できますな」(ライル)
「私も弓の心得くらい教えられるかと」(ノエル)
「俺は料理担当にまわるね♪」(セス)
「……戦に料理は必要か?」(ルカ)
あれよあれよという間に、「団長育成計画」が始まってしまった。
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その日の午後。訓練場。
「まずは剣の構えからだ!」
木剣を持たされ、レオンの号令で剣術訓練スタート。
「うう……重い……!」
「団長、足は開いて! 腰を落として! 剣は振るんじゃない、流すように!」
「なにその詩人みたいな指導法……!」
ゼェゼェ言いながら木剣を振っていると、横からセスがにゅっと現れる。
「ねえ団長、こっちの方が楽しいよ?」
「楽しい?」
気づけば、セスの案内で厨房にいた。今度は料理修行らしい。
「ほら、これがこの国の基本調味料。ファレルの蜜っていうんだ。甘くてちょっと酸っぱいんだよね〜」
「へぇ……って、近い近い!」
「だって、団長の髪からいい匂いするから……」
「鼻を近づけるなー!!」
叫びながらフライパンを振り回した結果、油が跳ねて、焦げる卵。
ああ、もう何やってるんだろ……
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「結論:どの修行も、やたら距離が近い」
部屋に戻ってから、わたしはひとり反省会をしていた。
鍛えるって言いながら、どこかデートっぽい雰囲気になるし。
ちょっと意識し始めてる自分もいて、余計に混乱するし。
「はぁ〜〜〜、普通の学校生活に戻りたい……」
思わず畳の上でごろごろ転がっていたら、ノックの音がした。
「……入るぞ」
「え? ゼノ元団長……?」
騎士団の元団長であるゼノさんは、滅多に口を出してこない寡黙な人だ。年上で、鋭い眼差しがちょっと怖い。けど、今夜はなぜか、少し柔らかい雰囲気だった。
「皆、お前を慌てさせているようだな」
「え、あ、そんなことは……」
「焦らなくていい。力とは、心に呼応するものだ」
「心に……?」
「お前が本当に、何かを守りたいと思ったとき、その時にこそ、本物の力が目覚める」
ゼノ元団長の声は静かだけど、胸に響いた。
守りたい気持ち——
それは、昨日魔獣の噂を聞いたとき、ふっと湧き上がった感情。
そして今も、団員たちが無茶をしてまで、わたしを支えてくれる姿を見るたび、胸が締めつけられるような想いになる。
「守りたいって……わたしにも、そんな風に思える相手が……」
「……お前はもう、ちゃんと持っている。気づいていないだけだ」
静かに言い残して、ゼノ元団長は部屋を出て行った。
その背中が、ちょっとだけ頼もしく見えた。
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翌朝。目覚めて、鏡を見る。
昨日より少しだけ、自分の顔が引き締まって見えた。
魔力はまだない。
だけど、守りたいという気持ちは、たしかにある。
「……やってみよう。もう少しだけ、頑張ってみよう」
異世界生活は、相変わらずイケメンに囲まれて大混乱だけど。
その中で、少しずつ聖女としての自分が目を覚まそうとしている——