(番外編)レオン視点「あの日の約束」
さくらがいなくなってから、季節がひとつ過ぎた。
王国は穏やかな春を迎えている。だが、俺の胸の奥には、まだ冬のような寒さが残っていた。
――あの日。
世界を救うために、彼女は帰った。俺たちの聖女であり、騎士団長であり、何より――
俺が、好きになった女の子だった。
「……レオン。今朝の巡回、終わったぞ」
ゼノ団長の声に、我に返る。
「あぁ、すみません。ぼーっとしてました」
「気にするな。お前の気持ちは、皆、分かっている」
ゼノは、それ以上言わずに去っていった。変わらない人だ。でも、それが心地いい。
フェルヴァリア王国は、彼女が封じた魔王の魔力が完全に消えたことで、安定を取り戻した。騎士団も通常業務に戻り、街には平穏が戻った。
だけど――
「なあ、さくら。お前、今頃、何してるんだろうな」
俺は今日も、城の中庭で空を見上げる。そこは、さくらがよく昼寝していた場所だった。
最初は、聖女だなんて冗談だと思った。ヘラヘラしてて、よく転ぶし、鍛錬でもすぐ文句を言う。けど――
「守りたくなるんだよな。お前は、昔の俺と違って、弱くても逃げなかったから」
ふと、ポケットに手を入れる。
取り出したのは、ひとつの小瓶。中には、淡い桃色の花びらがひとつ、浮かんでいる。
「桜の花……って言ってたか。お前の世界の春の花」
あの日、魔王城で別れる直前、彼女がそっと渡してくれた。
『もし、私のこと忘れそうになったら、これを見て思い出してね。私、ちゃんとここにいたよって』
……そんなの、忘れるわけないだろ。
「……なあ、約束覚えてるか?」
――聖女じゃなくても守るって言った。
あの夜、他の誰もいない城の裏庭で、そっとさくらの耳元に囁いた。
『お前が聖女じゃなくても、俺は守る……それだけは、信じてくれ』
今でも思い出す。その時の、彼女の驚いた顔と、耳まで真っ赤になった表情。
きっと伝わったんだと思う。
「お前を守るって、そういうことじゃなかったのかもな……」
騎士としてじゃなく、ひとりの男として――好きな人の幸せを願うこと。
さくらが今、元の世界で笑ってるなら、それでいい。
たとえ、二度と会えなくても。
「……でもな、さくら。やっぱり、もう一度だけ会いたいよ」
その時だった。
空に、一瞬だけ、白い光が走った。まるで――あの封印の魔法陣のような。
俺は立ち上がった。
「……まさかな」
けれど、心のどこかで、確信していた。
また会える――そう信じられるだけの、強さを、さくらはくれたから。




