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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黄金カブトの呪い

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ここのところ、朝は晴れているけれど、午後になったら雨降り、曇り空みたいな日が続いていると思わないかい?

 安定した日を多くの人が望んでいる。でも、ふとした拍子に刺激や変化が欲しくなるのか、できる範囲で行動を変えることもある。

 天気の定まらない日というのも、ひょっとしたら天気という概念そのものが飽きっぽさを発揮して、ころころ百面相したがっているのかな。


 自然も、そこに生きる動物も様々な顔を持っている。

 中には、いつ訪れるかもしれない、千載一遇の機会のためにずっと隠している顔もあったりするだろう。

 一生出会わずに済むなら、ありがたいこと。もし出会ってしまったなら、ベクトルの違いこそあれ、ラッキーなことといえるかもしれない。

 実は僕も、奇妙な天気に出くわしたことがあってね。あれも空のひとつの顔だったかも、と思っている。

 そのときのこと、聞いてみないか?



 あれは、友達と虫取りをして遊んだ夏の日のことだった。

 僕たちにとって虫は、捕まえこそするが飼うことに関心はない。そのときそのときの、捕まえるか、逃げられるかのやり取りを味わうのが主目的。虫たちはその相手であって、うまくいったときでも、片っ端から逃がしていたんだ。

 虫取りスポットは何カ所かあり、その日はちょっと遠出して、隣の市にある自然公園に赴いていた。


 たいてい、目に留まった虫から虫へ、どんどんと標的を変えていく僕だったけど、その日はもう何十分も追いかけている相手がいた。

 文字通り、黄金の虫だったな。

 形はカブトムシに近いのだけど、その頭の角らしき部分は半ばから折れている。

 数歩歩けば、虫を見かけるこの公園内において、かのカブトムシのまわりだけは不自然なほど姿が見えないんだ。

 まるでこのカブトムシに遠慮したり、気をきかせて距離を取ったりしているように感じられたんだよ。


 珍しい相手に、僕は網を構えながら、そっと近づいていく。

 鋭い相手なら、この時点ですでに木を飛び立って、射程外へ逃れることもままある。

 けれども、黄金カブトはそのままゆったりと幹を這い続けていたよ。

 余裕のあらわれか? それとも単に鈍いのか?

 射程に入った僕は、なかば肩にかつぐ格好で網をかまえる。


 良いスピードだった。狙いもぴったりで、黄金カブトを確実に網の中へとらえたと思ったよ。

 けれども、カブトは逃れた。網をかぶせられる直前、上へ飛ぶというより横へ滑るような動きで網のふちから外れていったんだ。

 たいてい、自分を襲う輩がいると悟れば、虫たちはしゃにむに遠くを目指して逃げるもの。

 なのに黄金カブトは、ほんの数メートル先の木の幹へぴたりとくっつくと、また悠々と幹を這いはじめたんだ。

 そこから二回、三回と網を持って追う僕。それをことごとくかわしながら、そう遠くない木へと足をつけていくカブト。完全に挑発されていた。

 そうなると、子供心になんとしてもケリをつけてやりたく思って、ずっと標的を黄金カブトに絞っていたんだよ。


 カブト一筋を貫いても、タイムリミットには勝てない。

 友達と約束していた帰り時間を迎え、僕は名残惜し気にカブトへ背を向ける。

 長い時間、追い回されていたにもかかわらず、カブトは当初と変わらない緩やかな動きでもって、幹を這っていくばかりだったよ。

 けれど、友達と並んで自転車を走らせ、市内まで戻ってきたおり。


 いきなりタイヤがパンクした。

 前後のタイヤがほぼ同時に来たもので、あやうくバランスを崩しかけたよ。

 我慢して乗り続けることはできない。大きく割れたタイヤは、瞬く間に中の空気を吐き出してしまい、完全にしょぼくれてしまっていたから。

 心配する友達を待たせるのも悪く、先に帰っていいと告げたうえで、僕はえっちらおっちら自転車を手押ししていく。

 家までは、もう2キロ程度はある。

 大橋を渡りきらんとする僕は、すぐ橋のたもとの道へ曲がろうとして、ぽつんとおでこを叩いてきた、冷たい水しぶきに足を止める。


 雨粒だ、と直感した。

 自然と足も早まり、僕は顔へ手を当てながらも空を見やってしまう。

 ちょうど真上に、黒々とした雲が垂れこめている。たんぽぽの綿毛が集まったかのような、いびつな円形。そこからぽつぽつと、今も無数の水滴が落ちてきているんだ。

 家に着くまで、どれくらい濡れちゃうかな? と雨具のたぐいを持っていないことを心配する僕だったが、ほどなくおかしいことに気が付いた。


 土手沿いの道を、向かいから歩いてくる人がいる。

 その人も傘を差したり、かっぱを身に着けていたりはしなかったが、足取りがやけに落ち着いていたんだ。

 見れば、その人は全然雨に濡れていない。

 それどころか、周囲を見やると路面に下生えの草にと、いずれも僕から少し離れれば、乾ききった姿をさらしていたんだ。


 僕のまわりにしか、雨が降っていない。

 進んでも、退いても、僕ごと周囲の地面は雨に濡れそぼっていき、少し離れれば、たちまち雨を浴びなくなっていく。

 頭上には、変わらずにとどまっている、例の雲。おそらくこいつが僕に追いすがり、雨を浴びせ続けているんだ。


 ――どうやって引きはがそうか?


 考えながら、僕はできる限りの全力で、ひとり雨の中を走っていく。

 先の人はこちらを気にかけていなかったようで、他に通りかかる人もいない。この異状を察してもらうすべはない。

 ならば予定通り、家へ直帰するより考えられないと、僕は水音立てながら先を急いでいたのだけど。


 パンクしていた自転車の前部がいきなり、がくんと下がった。

 見下ろすと、自転車のタイヤはパンクにとどまらず、一部がすっかり欠けていたんだよ。

 代わりに、その欠けた部分の真下にたっぷりと、金色の粉が小さな山となって盛られている。

 さらに見ると、タイヤの無事な部分でさえも、元のゴムの色を失って、うっすらと金色に染まっているじゃないか。後輪もしかり、サドルまわりのフレームもしかり。

 その金粉は、特に僕の手の当たりにも集中していた。それが降り落ちる雨粒の勢いに乗って、握ったハンドル伝いにどんどんと自転車へ伝わっていき、ところどころを金色に汚していたんだ。


 この色合い、僕は記憶に新しかった。

 先刻、自然公園の中で追いかけ続けていた、あの金のカブトムシの色そのものだったのだから。

 それがどんどん、自分の身体から流れ落ちてくることに戦慄しながら、家へ逃げ帰る僕。

 自転車は、それにおともできなかった。

 変わらずハンドルを握り、どうにか引っ張っていったものの、道中で金色と化した部品たちに別れを告げるうち、元の形もとどめなくなってしまったんだ。

 道のそこかしこに散った金も、何秒とたたず、アイスのように溶けて見えなくなってしまったよ。およそ、本物の金とは思えない性質だった。


 僕はあれが、黄金カブトの呪いのようなものじゃないかと思っている。

 あいつが遠くへ逃げず、僕に追跡させ続けたのも呪いを移すためだったのだと。

 本来なら、帰る途中で僕自身こそが金色の粒となり、霧散するところだったのだろう。

 それを僕まわりにしか降らない奇妙な雨が流し、自転車が代わりに引き受けてくれた。

 あのときがいまだ、最初で最後に見る、天気たちの貴重な「顔」なんだよ。


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