File03:目覚め
「クソッ、喉が渇いた」
久しく聞いていなかった木々のざわめきや何処からか聴こえてくる虫の音と鳥の鳴き声。
平たく言えば、目が覚めた俺は林の中にいた。
全くもって意味が分からない。
殴られた痛みなどが全くないことから、あれから数時間以上経過していることが伺える。
服はいつも着ているものではなく、黒の厚底スリッパに白色のワンピースのような患者服といった装いだ。
就職に必要な能力を培うためだけに、これだけ広大なセットを用意するだろうか?
通信環境がオフラインになっているのも不可解だ。
そんなことを言い出したら、人体実験と言われて昏倒させられたあの日の記憶はどれも謎に満ちていたが。
「とにかく、バイタル値が下がる前に、必要な栄養素を摂取しないと」
動き回るのにもエネルギーがいる。幸い、健康状態はオールグリーンだが、こんな環境の中でおいそれと栄養価のある食糧が手に入るとも思えない。
オフライン環境で使用できる機能にはかなり制限はあるが、毒の判別くらいはできる。それを頼りに食糧と水の調達を第1優先に、植生や地形の調査を第2優先とした。
視界の端でタスクを確認して心を落ち着ける。
少し歩いているものの、植生はよく分からない。見たことない大きくて不気味な緑と紫色の葉っぱや宝石のような青色の甲羅をもつ虫。
気温から推察するに赤道に近いかもしれない。高温多湿。日本の気候であるものの、このような植生の場所などあるのだろうか?
大きな植物の茎を折り、匂いを確認すると毒が検出されなかったので水分を吸ってみると強烈な苦味か口の中を支配した。
「不味い。川に着くまで我慢しておけばよかったか」
ふと、暗くなるのを感じ、空を見上げた。
「竜!?」
空を滑空して翼をはためかせるその姿は、正しく創作物で見慣れたワイバーンの姿だった。
「日本どころか、地球ですらないのか?」
平成末期から令和初期に爆発的に流行った創作物には、今のような状況を描いた作品がいくつも存在していた。
「これは、異世界。となると、脅威を毒や獣だけと思わない方がいいかもしれない」
今まで俺が生きてきた世界とは異なる理を持った世界だ。常識も生きてる人も、動物も植物も何もかも違うと思った方が良さそうだ。
人がいるかすら怪しいところではあるものの、ワイバーンなんて創作物が現実にいる以上、誰かがこの世界をデザインしていると疑っても良いだろう。そうなると、人間もどういう形であれど、いそうなものだ。
「VRか?」
一番怪しいのは仮想現実。脳内物質に電気信号を適切に送り、物質世界で生きているように錯覚させているケースだ。仮想現実であることを気づかせないほどの技術を知らないが、秘密裏にブレイクスルーを迎えていたのだろうか。
しかし、引っかかる。人体実験と寺田は言っていた。こんなに面白みのある世界をわざわざデザインしてまで行う人体実験とはなんだ?
「不可解なことだらけだ。腹は空くし、痛覚も機能してる。仮想現実であっても死ぬのはごめんだな」
考えるとどこまでもゲームのような世界に放り込まれて、明日の心配をする必要も、周りの人間への劣等感も覚える必要もない。
「異世界、最高じゃないか?」
降って湧いた新たな世界に期待を抑えられない。震える声は木々のざわめきに消えて、俺は改めて新たな一歩を踏み出した。