File01:就労拒絶者の特別対策プログラム
俺は無職だ。
日本は現在好景気の真っ只中で、日々明るいニュースばかりが流れている。景気が良いと企業は好条件で人を集めるらしく、就活生は選ばれる立場から選ぶ立場へとなる。
学校時代の同級生達はほとんどが就職している。勿論それだけではなかったが、他の全ては起業や博士課程などポジティブな進路に進む者達だった。
俺は学生時代から友達の多い方で初めのうちは頻繁に飲みに行ったりなんかもしていたが、話が合わなくなったり、予定が合わなくなったり、何より劣等感に苛まれて、そのうち1人になっていた。
昔は多くの人が辛い時代だったと親世代は口を揃えて語るが、こんな中でも仕事が見つからない俺としてはその時代の方が生きやすかったのではないかとすら思ってしまう。
「ご飯の時間10分前です。直人様、配膳してよろしいでしょうか?」
アシスタント端末から通知が飛ぶ。
ディスプレイの時刻を確認すると、もう19時になろうとしていた。
「OK、よろしく。メニュー候補を教えてくれ。」
「現在の身体の健康状態からおすすめできる本日のお食事は、A:サバの味噌煮定食、B:エビチリ定食、C:鳥肉とブロッコリーのクリームパスタの3つです。」
今日は味の濃いめの物が珍しく候補に挙がっている。どれも魅力的だったが、辛いものは中々注文させてくれないのでここぞとばかりに注文する。
「じゃあ、B定食を辛めでオーダー」
オーダーが受理されて少し経つと、後方の配膳受けからガコンと音が鳴り、配膳完了の通知が飛んだ。
公開されたばかりの映画をスクリーンに映して1人寂しく鑑賞しながら飯を食らっていると、実家にいた頃を懐かしく感じる。実家では、料理研究家の父がよく飯を作ってくれて、食卓を家族で囲っていた。
大学に進学する時になってから実家を出て、無料で入れる住居施設に移り住んで早6年。両親からは何度も実家に戻るように言われたが、情けなくて帰ることができなかった。
「最近は連絡も全然してないや」
コンコン、と玄関からノックの音が聞こえた。
家族も友達とも連絡を取っていなくなって久しい。自分を訪ねるような人に心当たりはなかった。
「インフラ工事とかなら、先に連絡来てるもんだと思うけど。通知を見落としてたか?」
玄関の向こうを玄関のモニターで確認すると、黒いスーツを着た二人組の男性が立っていた。
一人はぴっちりと七三分けにしている長身だがどこか頼りなさそうな男。もう一人は短髪でガタイが良く、身体からエネルギーが満ち溢れているような男だった。二人の面持ちは真剣で、行政の人間といった風貌だ。
「えーと、どちら様ですか?」
「福祉関係の寺田という者です。鏑木直人さんですね?就労関係の話に伺いました。開けてもらっていいですか?」
寺田を名乗る七三分けの方の男は扉のモニター越しに言った。
見えるわけがないが、視線は俺を向いている。まるで、逃げるなとでも言っているようだと被害妄想気味な感情を抱いた。
逃げられるものでもあるまい。
了承の旨の返事をして、扉を開けた。
扉が開くと人の良さそうな笑みを浮かべる寺田と、無表情のガタイの良い男が挨拶をと会釈をした。
立ち話はどうかと思い、家に2人を上げる。
「鏑木さん。現在の求職状況はいかがでしょうか?」
世間話もそこそこに、ずっと静かに佇んでいたガタイのいい方(厳島という名前らしい)が切り出した。
話題はこうなるとわかっていたはずだったが、体が強張るのを感じた。何せ、こうやって人から就活について聞かれるのは久しぶりだった。人のいる窓口でも就職相談をしていた時期もあったが、職員や行政の能力に信頼を置くことができずに行けなくなっていた。
厳島は相変わらず無表情で、俺のことを怠惰でつまらない人間だとでも言いたげに感じる。寺田も、その笑みの裏で何を思っているのだろう。いや、その笑みさえ、きっと俺のことを馬鹿にしているに違いない。
そして、すぐに返答を返せないでいる俺を劣った人間だと思うのだろうか?勝手な被害妄想なのかもしれない。だが、長年積み重ねてきた劣等感がそんな妄想を増長させる。
「芳しくありません」
やっとの思いで出てきた言葉がこれだ。自分でも呆れ返ってしまう。
少し前であったら、多くの言い訳を尽くしていただろう。たが、そのどれもが今の俺には自分に対してでさえ、説得力がなく、誤魔化すことすら諦めてしまった。
「そうですか。最近は履歴書も送ってないようですね」
「はい」
「何か活動などには取り組まれていますか?」
「いえ、特には」
自分が嫌になる。
「私どもも協力いたしますので、もう一度、就職活動を再開致しませんか?」
「すみませんが」
顔を伏せて断ると対面から椅子を引く音が聞こえた。
「……なるほど。惰性で生きていて、何も成し遂げようとせず、何かに打ち込むこともしない。最低限の社会貢献すら放棄している人間の屑ってやつですね」
寺田の言葉に唖然とする。ここまで率直で、鋭い言葉をこれまでに受けたことがなかった。
「寺田、やめておけ」
「だってそうでしょう?先輩。彼はこれほど仕事に溢れかえっている社会にも拘らず、仕事に就くことができない。どころか、就職する気もないんだろ。ちょっとは待遇の良い就職案内だって、斡旋されていたはずだ。自力で探してるとか、夢を追いかけているとかならともかく、何もせず、就職案内も無視すると来た」
寺田が言う通りだった。もう俺は仕事を探すことを諦めていた。
「こいつはこれから先もずっと、こうして何もせず。人とは拘らずに、ずっと空に篭ったような生活を続けるつもりなんだろうさ。もうこいつはダメだね」
福祉支援の一環で衣食住の保証がされている社会といえど、俺ほど社会参加をしていない人間もいないかもしれない。
「鏑木さん、寺田が言った暴言ついては申し訳ありません。」
驚きはした。暴言であることは否定しようがないが、自覚していたことでもあるし、人のために働く福祉関係者に言われたとあっては受け入れるほかない。
本来、口先だけでも仕事を探していますといえばいいのだろう。だが、その言葉が口をつくことはなかった。それは噓だけはつきたくないというなけなしのプライドなのか、隠すことすら諦めてしまった故なのか、俺にも分からない
「とはいえ、このまま何も社会活動をせずに過ごされるのも私どもとしては困ります。仕方ありません、これより鏑木さんには就労拒絶者用の特別対策プログラムに参加いただくことになりました。」
「えっと、それは」
「これは任意ではありません。ご同行ください。」
厳島は拒絶を認めない強い意志を示した。
「今からですか?」
「はい、これから移動するので、お手洗いなどは済ませてきてください。」
このようなことは聞いたことがなく、怪しいことこの上ないが、俺を騙したところで徳があるわけでもあるまい。これからの移動に寺田がいて気まずいことだけが気がかりだ。