『厨二の見上げる空』
「・・・カッコよかったなぁ〜・・」
大型客船とタンカー船の衝突現場から飛び去っていくアーカーシャ・リリィと、意識を失い背負われたアイソレイト・リリィの後ろ姿を、1人の魔法少女が羨望の眼差しで見送っていた。
「・・心のお師匠様・・」
2人を見る目は崇拝の域に近かったかもしれない。
本人的には『推し』というらしいが、彼女の周りでそういった言葉を使う者は居ない。
彼女を『キモオタ』とか『厨二』と呼ぶクラスメイトは山程居るのだが、理解者は居なかった。
両親すら、彼女を腫れ物扱いするのだ。
アクシデントで彼女が魔法少女だと知るコトになった妹だけは、少しは理解を示してくれていたが、中学1年生現在、姉にあまり関わろうとしてくれなくなっていた。
厨二病に突入しそうな年頃ではあるのだが、現役バリバリのまま高校1年生になった3歳上の姉の奇行(厨二病言動)を間近で見続けた結果、「ああはなるまい」の心境に至ったのだった。
もし彼女が魔法少女だと知らないままだったなら、姉妹関係は断絶していたかもしれない。
「・・・すっご・・」
飛び去る2人が見えなくなるまで見送った後、改めて海面を見たのだが、改めて見ても凄かった。
あの時、彼女を含む魔法少女たち総出で結界を重ねて沈降する船に届く回廊を維持していたのだが、魔力限界が近い者から徐々に脱落していき、回廊の維持が不可能になってしまったのだ。
回廊が崩壊し、海面が元通りになった際、周囲に居た魔法少女達や救助活動に集まった船舶には「ダメか・・」と悲壮感が蔓延したのだ。
船内に取り残されていた一般人の生存者2人と魔法少女1人、その救助に向かったアーカーシャ・リリィ、新たに4名の死者が追加された、と。
そんな絶望的状況で突如として海面に何かが突き出して来た。
その何かは、樹木が枝を拡げる様に伸びて広がり、止まった。
その直後、2人の要救助者を抱えた魔法少女2人が中心に開いた穴から勢いよく飛び出して来たのだ。
周囲に歓喜の歓声が響き、絶望的状況から『生存者』全員救助を成し遂げられたのだった。
その時のまま、海面に突き出した『樹状の何か』が残っていた。
その場に残っている魔法少女達の何人かが休む為に『樹状の何か』に降りていたので、彼女も降りてみた。
手で触れてみると硬かった。
軽く叩いてみると、カンカンカンッと金属製だと分かる音がした。
「・・・これ・・あの船か・・?」
誰かがつぶやく声がして、そちらを見ると、船内からの救助活動で最後まで残っていたボーイッシュな魔法少女だった。
たしか、星野月夜だ。
「・・・トリィさん、何か分かったんですか?」
「ああ、うん・・コレ、よく見ると、ボルトとかビスとか付いてるだろう?それに、色合いが、あの船の船体の色に見えるんだよ」
「・・なるほど・・じゃあ、あの船自体を通路に使って脱出して来たって訳ですか・・」
「ああ。たぶん、そうなんじゃないかな・・しかし・・」
「しかし?」
「かなり沈んだ深さから海面まで、しかも海面まで届かせられるくらいの金属量に魔力を染み渡らせて操作しなければならないだろう・・しかも、危機的状況下で、だ」
「・・スゴいですよね」
「ああ。とんでもない技量と度胸、そして魔力量が桁外れに必要なハズさ・・」
トリィがアーカーシャ・リリィの飛び去った方角に目を向ける。
「たぶん、あの気絶した方の子だろう」
「ドレスの方じゃなく?」
「彼女には無理だったろうね・・魔力残量の問題でさ」
「ぁぁ・・凄かったですもんね・・アレ」
「ああ。・・レクイエムとか言ったか・・味方でいてくれる内は心強いけど、それでもゾッとする威力だった・・」
「・・・」
「そういえば、どこかで会ってたかな?」
「?」
「いや、さっき、私をトリィと呼んだろう?失礼ながら、初対面な気がするのだけれど・・」
「・・ぁぁ、それはそうですよ。ボクが一方的に知ってるだけですもん」
「どこで私を?」
「ネットですよ。たしか、ネットカフェ立て籠もり事件かな・・あの時、犯人を狙い撃ちして無力化したの凄かったですよ」
「アレか・・そうか、アレを見たか・・」
「?」
「・・ぃゃ・・。アレな・・報道規制されたらしいが、犯人だけでなく人質の肩も撃ち抜いてしまったんだ・・」
「・・責められましたか・・?」
「・・ぃゃ。被害者にも、その両親にも泣いて感謝された・・でも、被害者を傷付けてしまった・・私にとって後味悪い事件なんだ・・」
「・・すみません」
「ぃゃ、構わないよ」
「・・えっと・・アイドロン・リリィです。アイと呼んでもらえれば、と」
「・・名前、フルで聞いてしまったな」
「貴女なら信じられると、女の勘です」
「・・そうか。・・・トラジェクトリィ・リリィだ。トリィで構わない」
「良いんですか?」
「ぁぁ。信じられると言ってくれたのに私は言わない、なんて訳にもいかないだろう?」
「・・男前ですね・・」
「よく言われる」
「はははっ・・カッコいいですもんね・・彼氏さんは自慢でしょうね」
「ん・・彼女なら居るけどね・・」
「ぉー・・何か納得です」
「気持ち悪いとは思わないのかい?」
「いえいえ、そんな。彼女さんが羨ましいくらいかも?」
「そうか・・そういってもらえて安心したよ・・」
心底ホッとした顔のトラジェクトリィ・リリィだったが、アイドロン・リリィにとっては「女子校で人気で、しかも彼女が居る」コトはすでに知っていたので、驚くまでもないだけのことだった。
本名や自宅に在校中の女子校のクラスや席や部活や、その他様々なプライベート情報をすでに知っているので、今更な話だ。
■
「さてさて・・トラジェクトリィ・リリィっと・・」
帰宅し、『空間収納』を開き、中にしまってある紙束の中から1枚取り出して追記する。
「ついに魔法少女名もフルで知れたな〜・・えっと・・トラジェクトリー、意味っと・・」
ネットで意味を調べて、候補を紙に書き込んでいく。
彼女は魔法少女アイドロン・リリィ。本名は因合結良だ。
いま彼女が書き込んでいるのは、彼女が知る魔法少女達の情報メモだ。
とはいっても、別に、弱みにつけこもうとか陥れようという訳ではない。
ただ、『カッコいい』魔法少女とはどうあるべきか、という研究の為に趣味で根掘り葉掘り調べていたら、いつの間にか複数の魔法少女の記録がタップリと貯まっていただけだ。
何故なら、彼女は魔法少女として目覚めた後に厨二病に罹患し、高校1年生現在、絶賛進行系の厨二病だからだ。
中学生時代の様に、眼帯をしたり意味なく包帯を巻いたり、ルーン魔術や数秘術や陰陽道を研究の日々という訳ではないが・・最近は、『能ある鷹は爪を隠す』を実践している。
普段は冴えない厨二病のオタクだが、スポーツテストで断トツの高成績を叩き出したり、期末テストで学年首位の高成績を残したりする。
普段はバリバリの厨二病で、イタ過ぎる言動で、アニメの文房具を使っていたりするのに、ここぞという場面で学校の歴史に残る様な記録を叩き出す、職員室で話題の『ある意味問題児』なのだ。
どれだけ各部活から勧誘されようと、「観たいアニメがあるから」と断り逆にオタク道に引きずり込もうとする。
(計算ずくの)そんな行動をしている内に、各部活からの勧誘は無くなっていった。
そして、部活ではなく漫研サークルに所属してしまったから、教職員達や各部活からは悲鳴があがった。
しかも、創設者の先輩が転校してしまい、漫研サークルに唯一人、孤高のオタクとして君臨するコトになった。
そんな漫研サークルは、文化部系の集まる文化部棟の片隅の部活動認定には人数の足りないサークルが集まる区画の狭い1室に存在するが、現在は『漫研』とは名ばかりの別モノに変貌しつつあった。
雑誌付録のアニメポスターが貼られる中にポツポツと、魔法陣やらマヤ文字表やらヒエログリフ表やらルーン文字表やらが少しずつ増えていっていた。
そんな私生活を送る彼女の魔法少女活動も、当然、厨二病に侵されつつある。
ただまぁ、魔力を使いズルをしている学校生活とは違い、魔法少女活動では地道な積み重ねが必須だ。
その一環として始めたのが、魔法少女達の情報収集と研究だった。
彼女の固有魔法の『幻影』と、『人形』・『隠蔽』・『認識阻害』の術式を組み合わせて使い、飛び去る魔法少女を尾行して自宅を突き止めたり、会話から個別能力やフルの魔法少女名や本名も知れた。
研究の成果は大きかった。
元々、『人形』を小動物の形に変えての運用が多かったが、今では自分と瓜二つの姿と小動物型を同時運用も難なく行える様になったし、魔法少女相手であっても『人形』と見抜かれないだけの濃密な情報量のモノにも出来ている。
最近では、普通の魔法少女と逆の行動も多くなっている。
普通は、本体が出向き、一般人には見抜かれない『人形』を身代わりに残すものだが、彼女の場合、『思考分割』と魔力遠隔供給を活用し、安全圏から魔法少女活動出来る様になっていた。
ただ、今日の救助活動は、会いたい『推し』が向かっているのが見えた為に生身の本体で出向いたけれど。
「で・・アーシャ・・アーシャ・・あった」
新たに取り出した紙に、「必殺技?『レクイエム』。9って聞こえたから、少なくとも1〜9までは段階があるハズ。一緒に居た裕子ちゃんの為なら全身を灼いても耐えられるっぽい。あの威力が放てて、海底近くから脱出しても魔法少女装束を保ててた。魔力容量が桁外れなのか、回復用の特別な術式を持ってるか、魔力運用の特殊疑似器官でも体内に幾つか増設してる可能性もあり・・っと」と追加記載していった。
「・・あ〜・・名前は『ナツキ』で確定っぽい・・っと」
書き忘れそうだったコトも記載し、紙束からもう1枚の紙を取り出した。
その紙には、名前の欄に『宇津馬裕子・愛称『アイ』』と記載されていた。
他にも、住んでいるマンション名や住所、学校名やクラスメイトの構成なども記載されているのが見える。
少し深堀りすれば調べがついただろう夏樹の方は名前も知らなかった様子なのに、
裕子に関しては調べられるだけ調べ尽くされていた。
「魔力容量がかなり多そう。気絶するくらい魔力を使っても魔法少女装束を減らさず維持出来てたけど、コレは乙女心的に設定されてたのかな?魔力の固有色は白っぽい色だと思ってたけど、鮮やかな緑色の可能性もあり・・っと」
追記が終わり、『アーシャ・(ナツキ?)』の紙と『宇津馬裕子・アイ』の紙が机の上に並べられた。
その紙を指で撫でると、パパパパッと、魔力で出来た画像が無数に積層表示されていく。
「・・んふっ・・・ふふふっ・・♪」
『アーシャ』の方から魔力製の写真の1枚を手に取り、触れるくらいのキスをした。
次いで『裕子』の方からも1枚取り、軽くキスした。
「今日の、カッコよかったです・・♪ぁぁ〜・・友達になりたいなぁ〜・・♪」
2人の写真を見る目が熱を帯びる。
「んふふふ・・♪」
『人形』を2体出すと、それぞれに夏樹と裕子の情報の記載された魔紙を、身体の中に埋め込むように差し込んでいく。
すると、それぞれの人形の姿形が変わっていく。
ほんの数秒で、2体の人形は夏樹と裕子に瓜二つの姿形に変わっていた。
「ぁ〜・・まだ足りな〜い・・」
魔法少女装束姿の2人に瓜二つに見える『人形』を様々な角度から見ていたが、物凄く残念でたまらないような声が呟かれた。
『幻影』の固有魔法を使う彼女は、様々な幻影を投影できる。
いま使っているのは、至極簡単なモノだ。
何枚、何十枚、何百枚、何千枚もの写真や、
数秒、数分、数十分もの動画、
それらを合成してテクスチャ素材として『人形』の表面に出力し、人形自体を映像に合わせる様に変形させたのだ。
その為に、触っても違和感は無い。
ただ、画像や動画で得られなかった部位に関しては再現出来ずに不自然に白い色になっているのだ。
「〜〜・・」
結良がめくりあげていたアーカーシャ・リリィ型の『人形』のスカートから手を離す。
「どうすれば良いんだろう・・」
彼女が『幻影』で再現する資料は多ければ多いほど良い。
資料は、小動物型にした『人形』の視界からや本人が見た視界が丸々全て使える。
今日わざわざ本体が出向いたのは『推し』の生の姿を直に目に焼き付けたい、という以外にも『資料』蒐集の意味もあった。
空を飛ぶ魔法少女相手なら真下から見上げるコトも可能だし、同性だからこそ性的に見ていると勘繰られる可能性も低い。
実際に、彼女が2人の幻影人形を作り始めたのだって、好きなキャラのフィギュアを買い集めるのに近い感覚からだった。
ただ、『推しキャラ』が『生身の魔法少女』だっただけだ。
そして、オタクにありがちな収集癖も影響していた。
たまたま彼女が魔法少女で、『推し』の生き写しの生き人形を再現出来てしまえる能力を持っていた。
ただ、それだけのコトだ。
知らぬ間に、そのオタ活の対象にされていて、生き写しの人形を作られている夏樹と裕子からしたら堪らないだろうけれど、それは結良からしたら気にならないし、する気も無い。
もし『推し』に「やめて」と言われたなら、即座に、二度と他人の目には触れない様にするだろうけれど。
かなり猟奇的にも見えるコトをしている結良だが、
彼女が夏樹と裕子に興味を引かれたのは、ほんの数ヶ月前の夜からだった。
とある夜、彼女は駅に隣接していて市内で一番の高層ビルの屋上に居た。
毎晩の日課で『カッコいい』所作や攻撃の際の動きの研究をしていた。
その晩は、いまにも雨が降り出しそうな厚い雲が空を覆っていた。
雨が降り出したならすぐに帰ろうと思っていた。
その時、莫大な魔力の波動が飛んできた。
その方向を見ると、天に届かんばかりの光の柱が立ち昇り、その光の柱が膨れて円形に爆発する様に発光したのだ。
すぐに、新たな魔法少女が現界したと気付いたが、魔法少女の現界時の光の柱は、魔法少女になった者なら目にするコトが出来るモノだ。
実際、結良も何回か遠目に光の柱を見ていた。
が、その光は異様だった。
細い光の柱が立ったかと思えば、周囲を飲み込む程に強く強烈な光が夜闇を塗り潰したのだから。
そして、光が収まり目を開けた彼女が見たのは、ついさっきまで夜空を覆い隠していた雲が吹き飛ばされて消え、普段よりも綺麗に見える星空だった。
結良は、その満天の星空に魅せられた。
綺麗で素敵な、彼女がこれまでの人生で見た何もかもの中で一番美しい光景だった。
我に返った彼女は即座に、最速で飛ぶ猛禽類に換えた『人形』を飛ばした。
そして、『人形』と視界共有しつつ自身の最速で飛んだ。
幸い、光源は隣の端愛市からだった。
飛べば数分だし、飛ばした『人形』の速度ならあっという間に視界に入れられるハズだった。
そして、すぐにソレを『人形』の視界が捉えた。
雲など一切無い夜空からの星明かりに照らされた2つの影が夜空に浮いていたのだった。
綺麗だった。
先程見た星空には遠く及ばなかったが、お互いを気遣う様にしている少女達だった。
『人形』を近くの木に止まらせて観察したが、片方は何度か見た魔法少女だった。
口うるさくて「前の魔法少女は」ばかり言うから幻術に掛けて、起きない眠りに落としてやった精霊のガルルと口喧嘩していたのを、冷たい目で見てきた魔法少女だった。
ということは、あの綺麗な星空を見せてくれたのは、もう片方なのだろう。
それから、結良は彼女に夢中になった。
暇があれば小動物に擬態した『人形』を飛ばし、暇が無くても飛ばした。
直に見に行って間近で観察してもみた。
良い印象の無かった、あの冷たい目の魔法少女にも興味が湧いた。
そして、あの夜から数ヶ月、今や2人共に結良の『推し』だ。
「ぁ〜・・・会いたいなぁ・・」
前髪の一房だけメッシュの入った黒のロングヘアを掻きむしる。
間近でスゴい所を見たのはマズかったかもしれない。
ガマン出来なくなりそうだ。
「会いたいなぁ・・」
「会いたいよぉ」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい」
「会いたい・・っ!」
「〜~〜っ・・!」
「っああああああああああっ!!!」
叫んだ結良の全身から魔力が噴き出す。
「『断絶世界』!!!」
一瞬前まで自宅の部屋に居たのに、今は学校の教室くらいの広さの部屋に居た。
ここは、彼女のオリジナル術式で作り出した隔離空間だ。
彼女だけが空間内を好きに出来る、彼女の切り札とも言える術式。
どれだけ強力で絶大な力を持つ『黒』を相手にしても、この隔離空間に取り込めれば勝ちだった。
空間ごと圧縮して、この隔離空間から出さずに丸ごと消して消滅させてしまえば良いのだから。
彼女はこの空間を、とあるアニメで見た、似た空間の呼び名で呼ぶ。
最初は『空間魔導具』と。次に、そして今は『固有結界』と。
「さーて・・魔力使い切ってスッキリしますかー・・!?」
スポーツで身体を動かしてスッキリするのと同じ様な感覚で、因合結良は魔法少女姿に変身した。
今回は、『裕子が正式な魔法少女』になった際の他魔法少女視点も。
裕子と夏樹の知らぬ間に、やっばいストーカーが付いてました。
彼女のコトは、夏樹が裕子に『精霊と仲悪くって、いっつも別々に居た子』と言っています。
その果てに精霊を封印状態にするまで関係が悪化していました。
彼女は『1st』中には登場予定。




