『物騒な魔法』
逢庭ノ湯宿 伊豆・天城別館から帰った日の翌日。
小学校から帰宅した裕子は、コンビニで買った夕御飯のお弁当を食べつつ宿題を進めていた。
今日のお弁当はミニサイズのカツカレー弁当だ。
レンジで少し長めに温めた為、かなり熱くなっていて、まだ湯気がモクモクと出続けているくらいだ。
カレーを食べつつ、サラダも食べつつ、少しずつ宿題を進める。
ピロン♪
レインの着信音が鳴り、裕子がスマホを持つ。
[夏樹:裕子。もう帰ってる?]
[裕子:うん。夕御飯食べてるよ]
[夏樹:体は大丈夫?疲れてない?]
[裕子:全然だいじょうぶ!]
[夏樹:そっか。良かった]
[夏樹:今日って、予定は・・?]
[裕子:んーー・・・ごはん食べて宿題おわったら特訓かな]
[夏樹:そっか]
[夏樹:会えたりする?]
[裕子:うん!]
[夏樹:こないだ言った必殺技、少し思いついたんだけど]
[裕子:ほんと!?]
[裕子:うれしい♪]
[夏樹:良かった]
[夏樹:ただ・・]
[夏樹:威力がどのくらいになるか分からないの]
[裕子:じゃ、外で会おうよ♪]
[夏樹:大丈夫?]
[裕子:うん♪だいじょうぶ♪]
[夏樹:じゃ、山北展望台で会える?]
[裕子:いいよ♪何時にしよっか♪]
[夏樹:裕子は何時くらいなら大丈夫?]
[裕子:ん〜・・・]
[裕子:今日の宿題は少なめだから1時間か2時間後でもだいじょうぶ!]
[夏樹:そっか。裕子は少ないのかー。いいなー]
[裕子:多いの?]
[夏樹:うん]
[夏樹:でも半分以上は昼休み終わりまでに終わらせた]
[夏樹:残りも休み時間に頑張ったから、残り少しかな]
[裕子:すごい!]
[裕子:私、昼休みは魔法少女特訓してるよ]
[夏樹:昼休み『は』?(ニャニャンから授業中も魔法少女特訓してるって聞いたけど)]
[裕子:あはは・・・]
[夏樹:ま、いいけど]
[夏樹:てわけで、私は1時間後からなら大丈夫そうかな]
[夏樹:裕子に合わせて2時間過ぎたくらいにする?]
[裕子:ううん。がんばる!]
[裕子:1時間以内に終わらせるよ!]
[夏樹:そっか]
[夏樹:あ]
[夏樹:裕子、私は宿題終わった]
[裕子:え]
[裕子:?]
[裕子:?]
[裕子:?]
[夏樹:『人形』を2体に分けて動かして、『思考分割』で手分けして3人掛かりでやってたの]
[裕子:すごいっ!]
[裕子:夏樹ちゃん、すごいよっ!]
[裕子:『人形』って、そんな使い方もできるんだねっ!?]
[夏樹:うん]
[夏樹:使い方は工夫しだい]
[夏樹:でも、『思考分割』は裕子はまだダメ]
[裕子:えーー。なんでーー?]
[夏樹:まだ術式なじんでないでしょ]
[裕子:う・・!]
[夏樹:『思考分割』は慣れないうちは色々大変だから]
[夏樹:私も、最初のころ大変だった]
[夏樹:頭グラグラして、倒れたり吐いたりしちゃったし]
[裕子:夏樹ちゃんでも・・!?]
[夏樹:(裕子の中で私、どんなイメージなの?)慣れないうちは大変だから]
[裕子:(夏樹ちゃんはすっごい女の子!魔法少女としてスゴすぎだし。キレイだし、落ち着いてるし、スタイルいいし、えとね、えとね!)]
[夏樹:落ち着いて。カッコの意味なくなってるから]
[裕子:あはは・・]
・
・
・
[夏樹:じゃ、2時間後に]
[裕子:うん!2時間後に♪]
■
「あ。アーシャちゃーん♪」
山北展望台上空まで来たアイソレイト・リリィは、アーカーシャ・リリィの姿を見つけて呼びかけた。
展望台の広場のベンチに座るアーカーシャ・リリィが小さく手を振る。
ここは、2人の住む端愛市の中央に座する端愛山の北側にいくつかある展望台の内のひとつだ。
魔法少女になったばかりの頃のアイソレイト・リリィが飛行訓練で自宅ベランダと往復して行き来した場所だし、2人の学区の小学校で遠足に行く定番スポットでもあった。
「お待たせ。待った・・?」
「ぅぅん。少し前に来たばかりだから」
「そっか・・ごめんなさい」
「大丈夫。さ、行こっか」
「うんっ」
「もし裕子が早めに来てて待たせたら悪いから」と思って1時間前に来ていたアーカーシャ・リリィだが、そんな素振りは少しも出さなかった。
「アーシャちゃん、どこ行くの?」
「あの辺かな」
展望台からアーカーシャ・リリィが指差した辺りは、鬱蒼とした雑木林が広がる場所だった。
手入れされていないのか雑然とした様子で、ちょうど街明かりも届かない場所だ。
街灯などは当然無いし、完全な漆黒の暗闇に包まれて見えた。
2人とも魔法少女とはいえ、小学生の女の子が向かう場所には見えなかった。
「・・真っ暗だね」
「『暗視』を使えば昼間みたく遠くまで見えるし、もちろん『認識阻害』も強めにかけるから大丈夫。普通の人は誰も来ないよ」
「そっか」
「それに、あの辺りは管理する人も分からなくって手入れも出来ずにいるみたいだから。あの辺りの木が全部無くなっても、誰も困らないハズだよ」
「なら大丈夫・・なの、かな・・?」
「うん。さ、行こっ」
「うんっ」
「わー・・・ホントに昼間みたい・・」
『暗視』の術式を起動したアイソレイト・リリィが周りをキョロキョロと見回す。
最初は小動物の気配もあったが、アーカーシャ・リリィが『認識阻害』を強めに発動した途端、周囲から離れていくのが分かった。
「じゃ、さっそく」
「うんっ」
「逢庭に泊まった時に、『リアクティブ・アーマー』の術式おぼえてもらったよね」
「うん」
「アレを応用してみようと思うの」
「・・応用・・?」
「そう」
術式『リアクティブ・アーマー』は、アーカーシャ・リリィが組んだオリジナルの術式だ。
指定した範囲に魔力の膜を張り、防御する側の反対側に『力』を込める。
その込められた『力』によって、効果は様々に変わるらしい。
普段は、『登録した魔力以外が接触したら、外側に向けて爆発。死にはしないが、死んだほうがマシと思うくらい痛いだけ』の効果を多用するらしいが、応用範囲がすごく広いらしいとは聞いていた。
「私の『力』は『虚空』だけど、アイは『隔絶』でしょう?」
「うん」
「『隔絶』、色々調べてみたの。その中で、すぐに攻撃手段に使えそうなの思いついたの」
「アーシャちゃん、ありがとう」
「ぅぅん。さ、やってみよっ」
「うんっ」
アイソレイト・リリィが『リアクティブ・アーマー』の術式の核となる『文字式の羅列』を見える様に展開する。
アイソレイト・リリィの前に展開されたソレは、よく言われる様な『魔法陣』のようだった。
線の様に見える部分も、すごく細かいゼロとイチの数値のデジタルデータの様な羅列だ。
「アイ。術式のどの辺がどんな役割か分かる?」
「ぅん。何となくだけど、この辺がこうかなとか、この辺はこういう役割なんだなーって、感覚的って言うのかな・・?そんな感じで、何となく」
「うん。最初はそんな感じで大丈夫。慣れてくれば、術式の核を展開しなくても、頭の中で思い浮かべて組み換えたり調整できるようになるから。そうすれば、戦いながらでも色々できて便利だよ」
「なるほど・・」
そして、アーカーシャ・リリィに渡された術式のままだった文字式を2人で見る。
「こういう風にしたいとか、こういうのが良いとか、感覚的に考えながら魔力に乗せて、術式に触れてみて。それで、最適化した文字式が自動的に作られて組み換えられていくから」
「ぅん」
■
そして、『リアクティブ・アーマー』に『隔絶』の効果を込め、効果範囲は腕の振りや指先の動きで調整できるようにした。
慣れてくれば、思い浮かべただけで感覚的に好きに調整できるようになるそうだ。
両手を前に向け、アイソレイト・リリィが叫ぶ。
「『隔絶』!!」
アイソレイト・リリィの前に、片手ごとに展開して細く長く伸ばした状態の『リアクティブ・アーマー』が出現する。
それをバッテン状態に交差させて、押し出す。
すると、押し出されて進み出し、森の木々を切断していく。
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
ザクッ!バキバキバキ・・!ドォン・・!
切断音と倒壊音と地面に倒れた音が、次々と聞こえてくる。
しかも、その音が止まらないし、終わらない。
「えぇえっ!?うそっ!!アーシャちゃんっ!これ、どうやって止めるのっ!?」
「・・・込めた分の魔力が切れれば消える・・はず。きっと」
「きっと!?」
アタフタとするアイソレイト・リリィと、「こんなコトになるとはー・・」といった感じの気まずそうな顔で目をそらすアーカーシャ・リリィ。
そうしている間も、森の木々がどんどんと斬られて倒壊していく。
蛇行しているのか、最初の位置からは木々の倒壊がどこまで進んだのか見えなくなっていた。
アーカーシャリリィが浮き上がり、アイソレイト・リリィも追うように浮かび上がった。
2人の視線の先、すでに50メートルくらい先で、木々が次々と倒れていく。
バキバキバキ・・!と鈍い音が響き渡り、その音が少しずつ遠ざかっていく。
「ぁあぁぁあぁぁ・・・」
アイソレイト・リリィの悲壮感たっぷりな声に、アーカーシャ・リリィはステッキを出した。
あの破壊がどこまで突き進むのか分からない以上、止めるしかない。
魔力には魔力で。
アイソレイト・リリィの『隔絶』にアーカーシャ・リリィの『虚空』が隔絶されて斬り裂かれない保証は無いが、やってみる価値はあるハズだ。
『鎮魂歌』をぶつければ、勢いを削ぐか、打ち消すかは出来るハズだ。
「アイ。私が止めてみる」
「アーシャちゃん・・」
アーカーシャ・リリィの持つステッキに魔力が収束され始めた。
キン・・ッ!
突如、脳に直接叩きつける様な甲高い音がして、アイソレイト・リリィとアーカーシャ・リリィが耳を押さえる。
しかし、脳に直に叩きつけられた音は防げなかった。
少しふらついた2人が森の方を見ると、先程まで聞こえ続けていた倒壊音が止んでいた。
■
そして、森の上空から、木々の倒れて出来た導線を辿って行った先に、それがあった。
一本の木があるのだが、その幹に、斬られた木が倒れかかる様にして『取り込まれ』て融合していたのだ。
「・・・これは・・」
アーカーシャ・リリィが異様な状態の木に触れる。
「くっついてる・・?」
「みたいだね・・」
アーカーシャ・リリィも木に触れ、くっついている辺りに魔力を流してみた。
「中の方まで一体化してるみたい」
「どうして、こんな風になっちゃったんだろう・・?」
「たぶん・・この木に当たって斬り裂いてる途中で、魔力が切れたんだと思う。そこで、斬り裂かれてた空間が閉じたんじゃないかな・・」
「・・・すご・・い、のかな」
「すごく」
「・・」
「すごく強力な攻撃手段になる。でも、とても危険でもある、のは間違いないと思う」
「・・」
2人は、奇妙な形になってしまった木を見上げた。
そして、アーカーシャ・リリィが周囲に魔力を薄く広げて調べ、アイソレイト・リリィの残留魔力が無いのを確認した。
もうすぐ日が変わりそうな時間だった為に、この日はお開きになった。
翌日の放課後、明るい時間に2人で飛んで行ってみたが、どこから聞きつけたのか、誰かが展望台から見つけたのかは分からないが、大勢の人々が居た。
倒壊した木を調べたり、いびつで奇妙な形に融合した木を調べていたりしていた。
上空から見た2人は、ひとまず危険性は無いとして帰宅した。
この時の、一夜にして木々が200メートル程に渡って伐り倒された事件は、少しの間ワイドショーを賑わせた。
管理者不明だった為に市が一時預かりとして管理者となり、長く伸びた伐り跡が山道として整備され、最終的に奇妙な状態の木に辿り着けるように観光地として整備されたのだが、それはまた別の話。
■
そして、アイソレイト・リリィの力の『隔絶』を込めたオリジナル術式『領域』の基礎術式が出来た。
森でお試しで使った際は『隔絶』と口にしていたが、力がバレない様に魔法少女名を愛称で呼ぶのに、攻撃する際に叫んだりしていては意味が無い。
その為に、術式名で言うことにしたのだ。
広く展開すれば、そこの前後空間を隔絶できた。
攻撃された場合の防御に最適だし、小さくして発射すれば、銃撃した様に貫通させることも出来た。
問題は「どこまで進むか分からない」ことだったが、そこは「何秒間か指定する」ことでひとまず解決した。
どのくらいの魔力を込めるか、どのくらいの速度で進むのか、どのくらいの効果があるのか、指定時間を過ぎた後に効果がどのくらい残るのか・・などなど、確認しておかねばならないコトは多かったが、強力な攻撃手段になるのは間違いなさそうだった。
とても危険で物騒、ではあったが。
本編では話数ごとに数日や週単位で飛んでたりするので、その辺りを。