『調査依頼。対象の名は 』
《逢庭ノ湯宿:伊豆・天城別館です。捜索室をお願いします》
《はい、お待ち下さい》
《代わりました。捜索室です。どうしました?》
《捜索対象の魔法少女の魔力反応が見つかったのですが・・》
《それは朗報ですね》
《はい・・ですが・・その・・》
《?》
《少しばかり・・不可解、な状況で見つかった、という感じでして・・》
《不可解・・というと?》
《・・はい。本日、2人の魔法少女が宿泊でチェックインしたのですが・・1人が新規でして、魔力登録の際に、機器が誤作動としか言い様の無い動作をしまして》
《誤作動、ですか》
《はい。その魔法少女と別の魔法少女名が表示され、【すでに登録済み】と表示されたのです。その時に表示された魔法少女名が、行方不明で捜索対象となっている魔法少女の名だったのです》
《・・なるほど。有り得ない事態ですね・・》
《はい。もう一度機器に魔力を通して頂いたところ、今度は【新規】として登録できたのです。しかし、魔力履歴ではハッキリと記録が残っている為・・見間違いなどとは言えず・・》
《・・・機器の保守点検は完璧ですか?》
《はい、8日前にいらした本家の方が交換していかれましたので、ハードとしてもソフトとしても、最新の型番です》
《・・・バグ取り漏れでしょうか》
《分かりません》
《・・ちなみに、誤作動で表示された魔法少女とは?》
《はい。ペネトレイション・リリィと表示されました》
《・・。・・分かりました。後はこちらで引き継ぎます。『ペネトレイション・リリィ』で間違いありませんね?》
《はい、間違いありません。何か、こちらでしておくことは有りますか?》
《・・そうですね・・その誤作動が出た魔法少女は滞在中ですね?》
《はい。土日と宿泊して月曜にチェックアウト予定となっています。見た目からして、まだ小学生くらいでしたので、三連休に合わせての御利用なのではないかと》
《なるほど。では、対象の魔法少女の現時点で分かっている情報と館内カメラで捉えた様子など、あとは遺伝情報など採取出来そうでしたら、出来る限り、確保を。手段は問わずで構いません》
《承知いたしました》
《では》
■
「魅兎お嬢様、今よろしいでしょうか」
「ええ、かまわないわ」
「ありがとうございます。捜索室から、気になる報告があがりまして」
「・・というと?」
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「なるほど・・それは不可解ですね」
「はい。機器は最新の型番、不具合の報告も今現在、ありません」
「・・・。今後の予定は?」
「調査員を送る予定となっています」
「・・その魔法少女の活動地域は?」
「はい。静岡県の端愛市です」
「チェックアウト前に、現地に調査員を複数派遣しておいて下さい」
「詳しく調査なさるのですね」
「ぇぇ。もしかしたら、という可能性もゼロではないでしょうしね・・」
「調査統括責任者には誰を送りましょうか」
「・・・私が行きましょう」
「そんなっ。御玉体が行かれる程とは・・!」
「玉体だなんて、大げさ過ぎよ」
「いえいえ。お嬢様、貴女は長き逢庭の歴史の中、初めての魔法少女なのですから」
「それ、もうウンザリなくらい聞き飽きてるのよね・・」
「ですが・・!」
「私、一児の母なのよ?27なのよ?『少女』って・・自分でも失笑なんですけど」
「そのように仰らないで下さい。女の『少女』の基準なんて、気の持ちよう次第ですよ」
「私本人が『少女』じゃないと思ってるんですけど?」
「お嬢様はお若く、お美しいですよ」
「イヤミかしら?私より若い貴女に言われても、複雑でしかないのだけれど」
「お嬢様は本当にお若いですよ。それに、魔法少女としての『力』が強い方が若さを長く保たれるのは事実ではないですか」
「・・人知れずひっそりと活動を続けている方々はね」
「表立った方だってそうではないですか」
「・・・国内じゃ『聖女』くらいじゃない。それに彼女は・・」
「・・・」
「何にしろ、私が出向くのは決定です」
「・・・承知いたしました」
「さて、そうと決まったら、キロロに優くんのお守りお願いしてこないと。もしかしたら、少し長くなるかもしれないし?」
「ご一緒にお連れしないのですか?」
「ん・・流石にね・・。その調査対象の人柄とか、全く未知数だし。いざって時は『魔法少女殺し』として動かざるを得ないしね・・」
「・・・」
■
「キロロ、優くんは?」
「ぁぁ、魅兎。優クンならそこだよ」
自室に戻った逢庭魅兎は、自分達についている精霊のキロロに、愛息子の優の場所を尋ねた。
鳳凰型精霊のキロロが片羽で指し示した先、ベビーベッドの上に浮く、一人の幼女の姿があった。
「また寝ぼけちゃって・・」
「無意識に飛行魔法も使いこなしてる訳だし、将来有望な魔法少女だと思うけどね」
「・・少女・・・少女かー・・」
逢庭魅兎は、愛らしい寝顔の幼女を見て複雑な顔になる。
「ま、なるようになるんじゃない?」
「・・恨まれないかしら」
「その時になってみないと、こればっかりはねー」
「・・」
浮かんでいた幼女を抱きかかえ、愛情たっぷりに愛息子を撫でた。
逢庭魅兎が抱きかかえる幼女、逢庭優は、生物学上の雌性体だし、戸籍上も女性だ。
しかし、本来は男児として産まれてくるハズだったのだ。
出生前診断では男児と診断されていた。エコー検査でも男児の身体的特徴が見て取れていた。
しかし、産まれたのは女児だった。
全身全霊、精一杯の気力を振り絞っての出産を終えた直後に「元気な女の子ですよー♪」と看護師に言われた時の戸惑いはいまだに覚えているくらいだ。
息子だったはずの娘を抱きしめながらも、魅兎は冷静に客観視できていた。
こうなってしまったのは、間違いなく自分の魔法少女化が原因なのだろう、と。
魔法少女としてのアレコレを再確認させてくれたキロロが「間違いなくそうだろうねー」と答えたのも後押しになった。
精霊のキロロが魅兎のもとに現れたのは、彼女が魔法少女になった日だった。
突如として光の柱が立ち昇り、魔法少女装束となった彼女を囲む逢庭本家の使用人達を飛び越えるように現れ、魔法少女となった事実を突きつけることになったのだ。
魔法少女を補佐し続けてきた『逢庭』の者として、魔法少女達に接してきた魅兎であったが、まさか自身が魔法少女になる日が来るなどとは夢にも思っていなかった。
驚いて茫然自失していたが、やって来たキロロも驚いていた。
まさか妊婦さんの魔法少女とは。
そして、胎内に居た為に、胎児が共に魔法少女化していようとは。
この事態は、史上初の事態として精霊のネットワークで共有された。
そして、『生まれつきの魔法少女』という事態も。
「キロロ、しばらく離れることになるから、優のお守り任せるわね」
「ん・・構わないけど、母親が幼児の側を離れるのは感心しないなぁ・・」
「ぇぇ。分かってる・・もちろん分かってるわ・・でも、今回は関わるべき案件なのよ」
「・・そんな大事なのかい?」
「ぅぅん。取るに足らないくらいのコトかもしれない。ただ・・勘が働いたのよね・・コレには関わるべきだ、って」
「・・そっか・・勘か・・しかし君の勘はばかにできないからねぇ・・」
「褒められたと思っとくわね?」
「ぁぁ、もちろん褒めてるさ。で・・どんな案件なんだい?」
「ぇぇ、それはね・・」
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「なるほどねぇ・・ソレは不可解だ・・あの機械が誤作動を起こす訳が無い。なにしろ、『いづね様』ご謹製の品だ。あの方が手ずから調整して下さっているのだから、世界の境界を越えてきたあの来訪者でもない限り、そんな事態は起きようも無いはずだ」
「ええ。そのまさか、何かが起きた。だから、直に赴いて接して、その本質を見定める必要があるのよ」
「今回のサポートは?」
「ええ。御津様に御助力を頼むつもりよ」
「なるほど・・。たしかに、『灰羽』の膨大な記録の蓄積からなら糸口を掴めるかもしれないねぇ」
「ぇぇ。何かは得られるハズよ」
「で、その魔法少女の名前は?」
「アイソレイト・リリィ、というそうよ」