『放っておけない、妹みたいな後輩』
何ていうか・・放っておけない、まるで妹がもう一人できたみたいな、彼女を見ていると、そんな気持ちになる。
少し前に知り合ったばかりの彼女は、何か張り詰めたモノを抱えている気がしてならなかった。
それが心配でならなかった。
「大丈夫ー?休憩しよっかー?」
「・・・だいじょうぶ・・」
ハァハァと肩で息をしている様な感じなのに、彼女は付いてこようとしている。
いま私と彼女と精霊達は、雲を見下ろせるくらいの高さに居る。
彼女の飛行訓練兼、空中戦練習兼、彼女の魔力限界を確かめる為の魔力消費中だ。
ただ、まぁ、魔力限界は見えた。
もう飛行訓練も空中戦練習も出来ないだろう。
ヘタに続けようものなら、浮かぶ魔力すら使い切った彼女が地面に叩きつけられて死ぬだけだ。
続けられる訳がない。
「アーシャ、せっかくアルトがああ言ってくれてるんだし、言葉に甘えて休憩しよ?」
「・・・だいじょうぶ」
「・・・」
ぅん。まぁ、居るよね。
弱音を吐けないと思ってるのか、弱みを見せられないと思ってるのか、部活と同じ感覚なのか、出来ない・やれないと言わない子、居るよね・・。
お伴の精霊のニャニャンちゃんが すごく心配そうにしているのに、気付く素振りも無い。
まぁ、無理もないか。
本人は「大丈夫」と言ってるけど、可愛い顔からは大粒の汗がポタポタと落ち続けている。
呼吸は荒いままだし、魔法少女装束が明らかに目減りしている。
可愛いデザインの、ミニスカートのウェディングドレス風の魔法少女装束だったのに、フリルもレースもどんどんと減っていっている。
本人の保持魔力が足りなくなってきてて、魔法少女装束から補っている状態だ。
無理をしているのは明らかなのに、このタイプは何度かつぶれないと納得出来ないんだ。
大丈夫と言っていても、身体は「大丈夫じゃない」と悲鳴を上げているのにね・・。
「ね、ミィミィ」
肩に乗る自分のお伴の精霊のミィミィに相談してみることにした。彼女に聞こえない様に小声で話し掛ける。
「なに、アルト」
「ニャニャンちゃんにだけ念話飛ばせないかな」
「・・出来たとして、どうするの?」
「彼女、もう限界だよ。一回休憩させたい。でも、彼女、きっとつぶれるまで止めないタイプだよ」
「ぽいねぇ」
「だから、ニャニャンちゃんも心配してるし、協力して変身が維持出来なくなるまで魔力減らせないかなって」
「・・・さすがに、聞いてみないと何とも・・」
「・・そっか・・ぅん、ま、当然か・・・」
仕方無い。
「ニャニャンちゃん」
普通に話し掛けることにした。
「アーシャちゃん、もう限界だよ。キミが止められないなら、私がムリヤリにでも『休ませる』けど、良いかな」
先輩は辛い。
後輩の今後の為に、悪役にもならないといけないんだから。
そうして分からせておかないと、自滅するか、『黒』に殺されるか、自分の無力を認められないでいる内に変身出来なくなる可能性だってある。
「・・」
ダメだ。
理由は分からないけど、ニャニャンちゃん、彼女を止められないらしい。
「分かった。もう良いよ」
ステッキを出現させて、魔力を収束させ始めた。
魔力の遠隔運用は得意じゃないんだけど、あれだけ疲弊した相手に対してなら問題ないハズだ。
アーシャちゃんの死角にも魔力の固まりをいくつか設置していく。
私からの攻撃をかわせたとしても、設置した『空間爆雷』はかわせないだろう。
残り少ない魔力は削り切れるハズだ。
変身した状態を維持出来なくなって気絶してくれれば良い。
今の最優先はアーシャちゃんを休ませるコトなんだから。
「・・・やだなぁ」
久々に身近に現れた魔法少女の後輩なのに。
嫌われたくなかったのに。
彼女、アーカーシャ・リリィはすごく可愛い。
きっと、変身を解いた姿もとても可愛いと思う。
仲良くなって、魔法少女同士というだけじゃなくって、一緒に遊びに行ったりしたかったのに。
あの可愛い子は、どんな私服なんだろう。
どんな髪型が好みなんだろう。
どんな顔で笑うんだろう。
何が好きで、何が嫌いなんだろう。
どんな趣味なんだろう。
とりあえず、数分後には『嫌い』の中に私がランクインしてしまうんだろう。
笑顔なんて見れなくて、私を毛嫌いする顔ならたっぷり見せてくれる様になるんだろう。
「・・・さようなら」
口をついてボソリとこぼしてしまった。
ドッ!!!
私のステッキから発射された魔力の砲撃が彼女に向かう。
避けるか何かしようとするかと思ったけど、彼女はこちらを見たまま砲撃の直撃を受けた。
ついでに、空間爆雷が誘爆していく。
爆発の煙が晴れるよりも先に、地上に落下していく小さな姿が見えた。
砲撃も爆雷も、全部直撃したのかな・・。
落下していくアーシャちゃんを・・ぅぅん、アーカーシャ・リリィを追う様にニャニャンが飛んでいる姿が見えた。
きっと、地面に激突する前には追いつけるだろう。
「・・・」
落下していくだけだった小さな女の子に飛んで追い付き、抱き抱えた。
ニャニャンも追い付いて来たけど、私をチラリと見る目には非難の色が見えた。
「じゃあ、彼女が早死にした方が良かったの?」と尋ねたいけれど、もう会ってもくれない相手に更に嫌われて喜ぶような趣味は無い。
抱き抱えたアーカーシャ・リリィを見ると、完全に意識を失っていた。
変身が解けた姿は初めて見たけれど、やっぱりスゴく可愛い女の子だった。
もう話すことすら出来ないんだと思うと、目が熱くなってきた。
「これ」
目についた公園に降り、アーカーシャ・リリィをベンチに寝かせた後、涙がこぼれそうな顔が見られない様に顔を背けながら、ニャニャンの方にメモ紙を差し出した。
私なりに考えた、『やっておいた方が良いと思うことリスト』だ。
あらかじめ組んでおいた方が良いと思う術式も、思いつく限り書き込んである。
A4レポート用紙10枚分、隙間なく書き込んである力作だ。
書き込んでた時はウキウキして、ワクワクして、すごく楽しかった。
まさかこんな気持ちで渡して終わりになるなんて思いもしなかった。
ホントは時間をかけてじっくり教えたかった。
仲良くなりながらゆっくりと教えたかった。
でも、もうそんな日はやってこないから。
チラッと見て、ニャニャンが受け取ったのを確認すると、もう顔を向けられなかった。
すでに涙がポロポロ落ち始めてたから。
「ばいばい」
力一杯に飛び上がり、振り返らずに飛び去った。
■
あれから2週間。
アーカーシャ・リリィの魔法少女特訓をする際に待ち合わせ場所にしてた所には近寄ってもいない。
だって、行った所で、もう彼女は来ないんだから。
「あー気楽ー」
「・・」
「新人の特訓に付き合う時間が減ったから、気楽で良いわー」
「・・アルト・・」
「なによ、ミィミィ」
「・・今日も行かないの?」
「行く?どこに?」
「・・アーシャちゃんとニャニャン、待ってるかもよ?」
「・・・そんな訳ないでしょ」
「・・ね、紫・・」
「・・・ミィミィ。魔法少女の時に本名言っちゃダメでしょっ」
「・・紫」
「待ってる訳ないでしょ」
「・・」
「・・私、嫌われることしちゃったんだから、待ってる訳ないじゃん」
「・・・紫・・」
「さ、パトロール行こ。『黒』が居たら大変だしねー」
「・・・ん」
■
「くっ・・!」
「アルト、いったん逃げよう・・!」
「ダメよ。あともう少しで倒せそうなのに・・!」
今日出会ってしまった『黒』は、かなり強い。
そこそこ強くなってると思う私でも手こずるから、けっこう強いかも・・。
「アルト!近くの魔法少女に助けてもらおう!」
「そんな魔法少女居ないでしょ・・!」
「彼女、アーシャちゃんが居るでしょっ!」
「来てくれる訳ないじゃん・・私嫌われてるのよ!?」
「確認したの!?聞いたの!?してないよね!!」
「聞くまでもないでしょ、嫌われてるのよ・・!」
「アルトのわからず屋!もうワタシが行ってくる!」
「ちょっ・・!待っ・・」
『黒』の猛反撃のスキマを縫う様にしてミィミィは飛んで行ってしまった。
・・助けてもらうも何も、彼女がどこに住んでるかも知らないのに、どう呼ぶっていうの・・!
まさか、あの待ち合わせ場所に来てる訳も無いのに・・!
「・・・ぁーぁ・・しくじった・・」
ミィミィが飛び出して10分くらいした頃だろうか、『黒』の攻撃が直撃してしまった。
利き腕が千切れかけるくらい強い攻撃が当たるなんて・・・。
今は少し飛んだ場所の山の岩場に隠れて凌いでるけど、『黒』もヤケクソなのか、無差別に手当り次第に攻撃を降らせて来る。
治癒術式に魔力を集中させてるけど、利き腕が完治するよりも『黒』に殺されるか失血死するかの方が間違いなく早そうだ。
「Gruuuuu...!!」
おっと、ちょっと気を抜いただけなのに、見上げた先数メートルに、私を殺さんと『黒』の姿が・・・
「・・・ダメか・・」
終わりだ。
「『鎮魂歌・第四唱』・・!」
!
今の声・・!
「ちょっ・・!」
もし、いま聞こえたのが彼女の声だったなら?私が一緒に考えたあの必殺技だったなら?
残った魔力を振り絞る様に、前に向かって飛んだ。
方向とか考えている余裕なんかない。
もし、彼女の、あの術式なのなら、『黒』ごと私も術式の威力の巻き添えになってしまう・・!
身を包む魔力が消えていくのが分かる。
もしかしたら、変身が解けかけているかもしれない。
無我夢中で飛び出した先にあった岩に思いっきり体当たりするハメになったけど、
さっきまで私がへたり込んで寄りかかっていた岩が範囲攻撃で圧壊する様がチラリと見え、
『あの術式』で間違いなかったと分かった。
理論的に予想していた威力にはまだまだ程遠いとはいえ、
彼女の未熟な魔法でもあのくらいの威力にはなるんだなぁ、と、他人事の様に見てしまう。
それに・・自分が巻き込まれるギリギリセーフのタイミングで発動しているのを見てしまうと、
千切れかけの腕のことすら忘れてしまうんだなぁ、とイヤな発見が出来た。
ズザザ・・と音を立てて着地した黒いシルエットが視界の端に見え、そうであって欲しい、でもそうじゃなければ良いのに、と怖くてたまらなく、そちらが見れない。
「アルト、大丈夫っ!?」
やっぱりアーシャだった。
私に駆け寄って来る彼女の顔を見るのが怖かった。
嫌悪感まみれなんじゃないか、心配で、不安で、怖くて、けどそんな顔じゃなくて・・。
ただただ、私を心配してくれているのが分かった。
「・・・アーシャ」
「酷いケガ・・!」
「アルト!」
「・・ミィミィ・・」
「居たよ。居てくれたよ、アルト!あの待ち合わせ場所に居てくれたから間に合った・・!居てくれたんだよ、アルト!」
涙声で私に飛びついてきたミィミィを受け止める気力も無くって、ミィミィのあったかいモフモフのお腹が視界を塞いだ。
すごく強く抱き着いてくるミィミィにはものすごく心配をかけたと思う。
ものすごく息苦しくて、失血死より先に窒息死してしまいそうだ。
千切れかけの腕が暖かい。
治癒術式の暖かさだ。
「待って・・私のケガより先に『黒』倒さないと・・!」
「もう倒したよ、アルト」
「・・・アーシャ、ほんと?」
「ぅん・・アルトがギリギリまで追い詰めてくれてたおかげ・・!私の未熟なのでも倒せた・・アルトのおかげ・・!」
「そっか・・・倒せた、か・・」
安心したからか、目の前が真っ暗になった。
「・・・あったかー・・」
ものすごく暖かくて気持ちいい感覚に包まれつつ、目が覚めた。
前から私を抱きしめてるのは・・髪の色から見て・・
「・・アーシャ?」
「アルト、良かった・・気付いたんだね・・!」
「ん、何とかね・・」
・・・。
アーシャが少し身体を離したから見えたけど、千切れかけの腕に触れる様に治癒術式をかけてくれているミィミィとニャニャンが見えた。
腕を見ると、千切れかけで見たくもない自分の肉の色とかこぼれ出し続ける血とかが見えていたハズなのに、服に隠れて見えなかった。
・・・服?
「・・・」
首を下げて自分を見下ろしてみると、魔法少女装束でなく私服に戻っていた。
気力切れか魔力切れか、とにかく、変身が解けていたのだ。
「・・・」
こんなことになるなら、もっと可愛いの着とけば良かった・・。
「・・。・・・アーカーシャ・リリィ。助けてくれて、ありがとう・・」
「・・・アルト?」
「・・何で来てくれたの」
「何でって・・」
「私なんか助ける理由なかったでしょ」
「・・」
「ほっとけば良かったのに」
「・・」
「そうしたら、イヤな先輩が居なくなったじゃん」
「・・」
抱きしめられてたのに突然離れたアーシャの顔を見て驚いた。
「っ・・何で、泣い・・」
パン・・!
軽く、ビンタされた。
「・・・ぇ」
何でいきなりビンタされたのか分からなくって、恐る恐るアーシャを見ると、涙がポロポロこぼれていた。
「アーシャ・・」
「何でそんなこと言うの・・!」
「だって・・」
「今日もアルト来てくれないのかなって落ちこんでた!でもミィミィが飛んで来るの見えて来てくれたって嬉しくなった!そしたらアルトが死にそうだって、助けてって、頭が真っ白になった!」
「・・」
「気づいたら全開で飛んでた!あれだけ注意された魔力運用とか忘れてた!間に合ってって!死なないでって!無我夢中だった!」
「・・・」
「姿を見てホッとした!でも血だらけで!『黒』が居て!すぐに鎮魂歌撃ってた!ぜんぜん魔力も込められてなかった!次の攻撃とか考えてなかった!アルト巻き込むかもって撃ってから気づいた!でもアルト避けてくれててホッとした!安心した!安心したのっ!!」
思いつくコト全部叫んだみたく、アーシャが下を向いて、涙がポロポロとポロポロと落ちた。
「良かったって・・・安心・・したの・・っ」
「アーシャ・・」
「なのに・・」
「・・」
「なのに・・・」
「・・アーシャ?」
「何でそんなこと言うのっ・・!?」
「っ・・」
「私、そんなに嫌われるくらいダメだった・・?」
「ちが・・」
「私、そんなに困らせてたの・・?」
「アーシャ、違っ、聞いてっ」
「ニャニャンから聞いたっ」
「・・」
「泣いてたって」
「・・」
「渡された紙の特訓頑張った!こないだより少し魔力も増えた!・・たぶん」
「たぶんて」
「・・怒らせちゃってごめんなさい、止めてくれたのに聞かなくって、ごめんなさい、あんなに、あんなに私の為にいっぱいいっぱい考えてくれてたのに、気づかなくてごめんなさいっ」
アーシャが顔を上げてくれないから、どんどん涙が落ちて、
「違うの、アーシャ。違うの、怒ってない、嫌いになってない、違うの、違うのアーシャっ」
アーシャを抱きしめてた。
「私こそ、嫌われたって思ってた。怒ってるって思ってた。・・・もう、会ってくれないって思ってた」
「・・・アルト・・」
「ごめんなさい・・」
「・・私こそ、ごめんなさい・・」
アーシャを抱きしめて、アーシャも抱きしめ返してくれて、2人でいっぱい、いっぱいいっぱいいっぱい、泣いちゃった。
涙が止まって来たら、今度は恥ずかしさでアーシャの顔を見れなくて、離れたら泣き顔見られちゃうかもって思って、アーシャすっごく暖かくって、ほんと、ほんとのほんとのほんとに、アーシャと会えて良かった・・。
良かった・・・。
「ね・・アルト・・」
「・・・なに、アーシャ」
「改めて、自己紹介しない・・?」
「・・・・別に、良いけど・・?」
「私、アーカーシャ・リリィ。斎木夏樹。よろしく」
「・・・アルタレイション・リリィ。祷依紫よ。よろしくね」
きっと、彼女とは長い付き合いになる、ずっと、ずっと、友達で居られる。
・・・そう、思ってた。
今回は、魔法少女になったばかりの頃のアーカーシャ・リリィと、彼女に色々と教えた先輩魔法少女の話。
『本編』ではチラリと名前だけ出てますが、いずれ本編にも登場します。