『彼女が死んだ日』
私は今川 清子。
あまり知られていないお仕事をしているのです。
魔法少女という、名乗り難いお仕事なのですが、私は『エタニティ・リリィ』という魔法、少女・・です。
齢十五を過ぎて少女を名乗るなど、いささか以上に抵抗感があるのですが、伴に居てくださるココン様が仰ることによれば、現代の世界の最新のとれんど?なのだとか。
意味は分かりませんが、文明開化から数十年、新しく知ることばかりですね・・。
日々勉強、生涯 是学びなり、でしょうか・・。
■
「ねぇ、ココン様」
「ぅん?何かな、清」
伴に居てくださるココン様は、精霊という存在なのだとか。
山間地の朽ちた社で初めてお会いしてから、もう数年になります。
兄のように、もうひとりの父親のように、ときに祖父母のように、優しく、時に厳しく、私を導き、伴に居てくださるのです。
「ココン様は、とてもとても長く生きておられるのですよね?」
「まぁ。ぅん・・まぁ、ね。君達人間の言う『生きる』の意味とは違うかもしれないけれど、長く存在してはいるね」
「・・・その・・。ぇと・・その、ですね・・」
「ぅん」
「ココン様も御存知の通り、私には婚約者が居るのですが・・」
「ぁぁ、あのイワオとかいう男だね・・」
「はい」
「彼がどうかしたのかな?」
「・・」
「何かされたのかい?何か傷付くことを言われたのかな・・?」
「・・ぃぇ。あの方は、とても優しく接して下さいます」
「ん。自分が見ている限りでもそうだね・・」
「お父様が反対している進学にも、巌さんは私の側に立ってくださいます。進学が許されたのも巌さんの口添えのおかげでしょう」
「ん。確かに、清の希望を優先させてあげたい、とか言っていたね」
「ぇぇ。・・・」
「・・清?」
「・・・分からないのです」
「分からない・・?」
「はい。・・・きっと、進学し・・卒業した後・・あの方と結婚するのでしょう・・」
「・・・もしかして、前に言っていた亜米利加留学のこと・・?」
「・・・それは、もう諦めています」
「・・清・・」
「・・教師になる夢は、まだ諦め切れていないのですが・・」
「清・・諦めてはいけないよ」
「進学を許されただけでも、望外のことだったのです・・」
「それでも・・!」
「ココン様、良いのです・・・良いのですよ・・」
「・・・」
「私がいま思い悩んでいるのは、巌さんとの、結婚した先のことなのです」
「結婚の先?」
「はい。その・・・ぇと・・・///」
「ぁぁ・・睦事か・・」
「っ・・ココン様!?はっきりと言い過ぎです!」
「はは・・清は・・『名は体を表す』とはよく言い表した言葉だ・・清は本当に清らかな心の乙女だね・・」
「・・///」
「経験したことの無いことばかりになるだろうね・・不安が大きいのも無理はないものさ・・でも、清なら大丈夫・・清なら大丈夫さ」
「ココン様・・」
「ほら、あそこで遊ぶ幼子、可愛いじゃないか。いつか、清にも、あんな可愛い子供が生まれるさ・・」
「そうでしょうか・・。・・?・・っ危ない!!」
道路で遊ぶ子供の手から玩具が落ち、その場にしゃがんだ。
そんな子供をめがけて突き進む様な運転の車が、今川清子の目に映っていた。
そして、子供を突き飛ばす様に助けた今川清子の身体が車に跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられた身体の上を、追い打ちをかける様に無慈悲に、車体が通過したのだった。
ぐしゃり
嫌な音がした。
とても不快で嫌な音がした。
しかも、自分の身体から。
気付けば地面に倒れていた。
身体の半分が冷たい。とても冷たい。
地面とひとつになってしまったような感覚がする。
ひとつのはずなのに、私からは何もかもが吸い出されていく感じだ。
血も、体温も、意識も、抜けていく。
どんどんと、どんどんと、終わりなく抜けていく。
きっと、この感覚の終わりが、私の終わりなのだろう・・。
「ぅぇ・・」
・・・。
「ぅぐ・・・」
・・・。
「ぁあぁうぅぅ・・」
・・・泣いてるの・・?
私が助けた子供が泣いている。
見ようとしても、首が動かない。
態勢を変えたくても、身体が動かせない。
指先すら動かせない。
・・・動いて。
お願い・・どこでも良いの・・・。
お願い・・・神様・・お願いします・・・私に最後の奇跡を・・・。
っ!
これは・・・
突然、身体が動いた
いや、ちがう・・下に倒れているのは・・きっと私なのだろう・・
ひどいなぁ・・
地面が真っ赤・・・・
身体の半分がぐしゃぐしゃ・・・
髪のお手入れ、頑張ってたのに・・血まみれだし、土でクシャクシャ・・すごく抜けて・・
・・・ぅぅん、いま優先するのは・・
泣き止んで・・
「ふぇ・・っ」
泣き止んで・・・
「お姉さん・・?」
泣き止んで・・・大丈夫・・私のことは大丈夫だから・・・泣き止んで・・
「お姉さん・・・ごめんなさい・・っ」
いいの・・・もう・・・・いいの・・・
「ごめんなさいっ・・!」
大丈夫・・大丈夫・・・大丈夫だから・・・
「ごめんなさい・・・ごめんなさいっ・・!」
大丈夫・・いいの・・・私のことはいいのよ・・
「ぅ゛えぇええ゛・・・!」
私は昔から・・子供を泣き止ませるのが下手だったわね・・・
どうすれば泣き止んでくれるのかしら・・・
「え゛ぇえええん・・!」
あら・・近くに居た方が・・・
「う゛っ!う゛っ!う゛ぅぅうぅ・・!」
この子をお願いして良いですか・・
ありがとう・・・ありがとう・・・
・・良かった・・・
・・・
・・・ぁぁ・・・・
・・・消えていく・・
・・私が・・消えていく・・
・・これが死・・・
・・・・これが終わり・・・
・・ぁぁ・・・思い残すことばかり・・名残り惜しいことばかり・・・
・・ココン様・・嘆かないで・・・私は魔法少女として、いいえ、人として成すべきことを成しただけ・・・ただ、それだけなのですから・・・
ぁぁ・・・ぁぁ・・・死にたくない・・・死にたくないなぁ・・・悔しいなぁ・・口惜しいなぁ・・・
■
そして、彼女は死んだ。
後には、右半身が激しく損壊した少女の轢死体が残っていた。
彼女の死亡記事は翌日、地方新聞の隅に掲載された。
彼女を轢き逃げした者が捕まることは無かったが、どこかしらで酒好きの男が狐火の獄炎に包まれ、灰すら残さず燃え尽きたとか。真偽は不明だが。
今川 清子、1926年、12月24日死亡。
享年、十と七。
大正天皇暗殺未遂事件で混乱する世相と、検死の遅れにより、皮肉にも誕生日の12月30日に遺体が無言の帰宅をした。
婚約者の巌は、彼女の死の数年後、彼女の妹の初穂と結婚している。
しかし、その後・・戦争に出兵して英霊の一柱となった。
まだテレビジョンも発明されてすらいない時代、発展目まぐるしい帝都や大都市から遠く離れた地方都市で活動していた彼女は、歴史の中に埋もれていくのみであっただろう。
生きて活動し続けていても、名もなきただ一人の女性として埋もれていったのだろう。
生没年すら、戦禍に焼かれ焼失していたかもしれない。
しかし、彼女の死によって、運命のイタズラに束縛された彼女の魂と、その『力』によって起きた奇跡は、世界をほんの僅かに変容させた。
本来ならば死んでいたハズの命から死が遠ざけられ、生れ出づるハズの無かった命がこの世に産まれた。
彼女の死によって歴史が変わっていくのは、まずは翌日。
数日後、数年後、数十年後、変わっていく。
変わっていく。
変わっていく。
変わっていく。
彼女の魂が解き放たれて輪廻の輪に戻るまで、あと・・・。
今回は『聖女』。