第4話 淑女としてのマナー
師匠との訓練の後、お母様に呼び出された。何も心当たりは無い。だが、謝る準備をしとこう。土下座まではいける。
無駄に覚悟を決めながら、お母様の部屋の扉を開けると、お母様と目が合った。
何故なのかは分からないが、扉の方をじっと見つめていたのだ。
えっ、こっわ。えっ、何かやったけ。……何もしてないよな。何もしてなかったからか?
恐怖を抱きつつ、対面するかのように置かれた椅子に腰を下ろす。
すると、お母様が口を開きだした。
「貴女に淑女としてのマナー、教えていなかったわよね」と問いかけられた。
案外に穏やかな声で、安心をした。しかし、まだ油断成らない。世の中には、上げてから凄まじく落とす人も居るんだ。
「はっ、はい」と、少し緊張しながら返事をする。
「だから私、貴方にマナーの講師を付けることにしたわ」と、報告を受ける。
怖いな。何か問題でもあるのかな。てか、こんな感じに報告する必要性あった。呼び出さなくても良いよね。
恐怖が徐々に増していくのを感じつつ、お母様が続きを言うのを待った。
「私ね、マナーの勉強が好きじゃ無かったのよ」といつもの優しそうな声に、少し優しさを増したように言う。
へえ、そうなんだ。驚きだわ。お母様のこと結構完璧人だと思ってた。誇張ありきだけど、転生したときと同等の驚きだわ。やっぱ、世の中には完璧人間なんていないんだな。
前世から思っていたことを確信しつつも問いかける。
「どうして好きじゃ無かったんですか」
彼女は苦笑いをしながら応えた。
「私、細かい動きを覚えるのが苦手なのよ」
そういうの得意そうなのにな。不得意なんだな。……確かに、刺繍とかもしてるの見たこと無いしな。
少し納得をしながらも再度問いかけた。
「覚えるのが苦手、それ以外には何か無いんですか」
「あとはね、先生がね大体が厳しくて、怖い人が多いのよ」と小さい声で告げ口する様に言ってきた。
子供っぽい所もあるんだな。いや、まあ大抵そうだよな。大人だって嫌だよな。厳しくて怖い人って。私も苦手だし……。
これから大変な事になりそうだな、と憂いを覚えた。
「私のお友達の中でも優しい人に教えて貰うつもりだから、貴女はたぶん大丈夫よ」と、お母様が言っているが信用ならなかった。何故なら緊張したような声なのに加え、最後に小さく「たぶん」と聞こえてきたような気がしたからだ。
あっ、嘘だな。やっべ、逃げ出してぇ。恐ろしいんだけど。たぶん怖いおばあちゃん先生的な人なのかな……。
逃げ出したくなりつつも、私は真偽を問うためにお母様を見つめ、真剣に問いかけた。
「本当ですか? 本当に、本当に、優しい人なんですか」
「本当よ」と言いつつ、返答は少し目を泳がせていた。
確定だな。うん、これは絶対に嘘だ。まさかそんなに怖い人なのか。うわぁ、最悪だ。私、そういうマナーとな苦手なんだよぉ。
若干戦慄しながらも軽口を言う。
「お母様、嘘はよくないと思います」
「嘘じゃ無いわ。本当だわ」と見苦しい嘘だった。
嘘下手だなぁ、と少し笑いつつも私は考えた。さぁ、どうするか。どうしたら、この人に嘘だと認めさせることが出来るか。
若干目的が入れ替わっているような気もしたが、まあ構わないだろう。
「どうして嘘をつくんですか、本当の事を言ってくださいよ」と泣きそうな演技をしてみる
すると、彼女は慌てて弁明した。
「あっ、えっ、ごっ、ごめんなさい、ごめんなさいね、エミリー。本当に嘘じゃないのよ。本当よ。ただちょっと厳しいだけで」
勝ったな。……でも、なんかちょっと申し訳なくなってきた。
心の中で少し懺悔をしながらも、彼女の話に耳を傾ける。
「あの人がね、優しい人なのは本当なの。でもね、あの人は……」と言ったところで、扉からコンコンコンという良い音が響いた。
「あっ、ごめんなさい」とお母様は言い残し、部屋の外に出て行った。
お客様の対応しに行ったんだろうな。……先生の人かな。うわあ、緊張するな。
少し体を強ばらせながら待っていると、六分後だろうか、それぐらい経った後にドアが開かれた。
そこにはお母様と一緒に、今まで会ったことのない優しそうな人がいた。
この人が先生だろうな、と思っているとお母様私に言う。
「この人はね、私の友達のフラン、聖女様よ」
聖女様って何だ。まるでゲームのような……いや、あるのか? 宗教的に。
色々と気になり、聞こうと思ったら、丁度よくお母様が教えてくれた。
「フランはね、魔王を。……分からないかしら、えーと」と一度話を切り、考えるような表情をして続けた。
「すっごく悪い王様を倒した人なのよ」
すっごい雑な説明。もっと良い説明の仕方あるでしょうよ。てか、魔王って何? ゲームみたいだわ。ていうか、こんな美人さんがそんなこと出来るんだな。
色々と考えながら、フランさんをマジマジ見た。やはり凄い美人さんである。
「こんにちは。私はフラン。貴方は?」と彼女は、優しい声で話しかけてきた。
どうしてお母様はこの優しそうな人を怖がっているんだろうか、全く怖くなさそうなのだけど……。
お母様に疑念を抱いた。しかし、その疑念を忘れ返事をする。
「エミリーっていうの」と少女然とした大変に悪寒のする口調である。
正直、私はこの挨拶を気持ちの悪いものだと思う。しかし、礼儀も分からないし、変に畏まったら畏まったで、色々と失礼に当たる部分もあるかも知れない。ていうか、今思いだしたけど家名も分からない。だから、うん。仕方ないね。……スッゴイ悪寒してきた。
「そうなの。それじゃあ、これから宜しくね。エミリーちゃん」とフランさんは優しく手を差し出してきた。
たぶん握手なのだろう、とそれに応じつつ考える。
そう言えば、いつから授業が始まるんだ。今日かな? だとしたら、突然すぎるだろう。
疑問に思っていると、フランさんは私と視線を合わせ、微笑んだ。
「早速だけど、授業を始めましょうか」と優しい声で言われた。
そして、続けて彼女は言う。
「まずは姿勢を直して、ダンスをしましょう」と、スパルタな事を。
(ええ、まじか)だのと思っていると、彼女は続けた。
「見本はそうね、セリーやってみて」と先程から、一言も話していなかったお母様に役を与えたのであった。
突然の声に驚いたのか、はたまた不安があるのか、彼女は自信なさげに返した。「ええ、分かったわ」
若干ばかりその声は、震えているように思えた。
(綺麗だな~、完璧だなー)と私は、殆ど何も考えずに見ていた。
単に踊りの善し悪しが分からないのもあるが、適当なこといって間違うのは心中であろうと恥ずかしいのだ。
しかし、フランさんは私と同じ様子ではなく、結構容赦のない野次が何度も飛ばしていた。
「それじゃあ駄目よ。もっと背筋を伸ばして」
(よくこんなに注意出来るな。あら探しが上手いのか?)
フランさんに注目をしていると、彼女と目が合った。……何だろうか、えっと私は何かをしただろうか……。
少し心配になっていると、彼女は言った。
「エミリーちゃんも、やってみましょう」
さて、それで頑張って踊ってみたのです。私のダンスはきっと酷かったのでしょう。お母様の倍ほど野次が飛んできた。
(多くないか? そんなに駄目なのか……。てか、分からんよ)
色々と文句を浮かべながらも、必死に頑張って挑戦をし続けました。そして、二三時間ほど経ったところでしょうか? お母様がフランさんに言いました。
「一端休ませてあげましょう」
その提案に、フランさんは多少悩んでいる様子でしたが言いました。
「う~ん。そうしましょうか。休んで良いわよ」
「っはい、ありがとう、ございます」だのと息絶え絶えに返しながらも私は思いました。
(厳しい、辛い。……疲れた。てか、どうしてそんなに粗探しが出来るんだよ)
と。