第371話 はっ?ナニカが足りない。・・・はっ?
「混沌の王、ですか」
先程言われた、ヒルビアではない神の呼称を反芻した。
その様な呼称を聞いたことが、一度もなかった為に引っかかりを感じたのだ。
「その通りだ」
「・・・あの、それ以外の名称、呼称はありませんか?」
「さあな。俺は知らん。ずっと此処に籠もってたからな」
「そう、ですか」
少々残念に思いつつ、
「王、という部分は理解できますが、どうして、『混沌』という部分がついているのです?」
引っかかりの一つを問いかけると、
「知らん」
と短く返されてしまった。
「えぇ」
「早とちりをするな。当たりは付けれる。奴、混沌の王は原初、世界が生まれる前に存在したと言われてる。その生まれる前の状態を『混沌』と考えるなら、奴は混沌で生まれた王、『混沌の王』になるんじゃないか?」
「ああ、はい、分かりました」
適当な返事をしつつ、
(世界が生まれる前、か。・・・ヒルビア正教会の神話的に言うならば、『闇の世界』になるか。ということは、『闇と混沌は同一』と考えて良いのか? いや、まだ断定は出来ないな。混沌の王の治世が行われてた期間、コイツを闇と定義してる可能性もある)
逡巡をしていると、
「なんだ? 興味がなかった」
苛ついた声を掛けられてしまった。
「あっ、いえ、決してそういうわけではありません。ただ、少々考えている事がありまして」
「考えている事?」
「ええ、はい。えっと、『闇の世界』と神話で提起されているのは、混沌の王の治世なのか、またはその以前なのかが気になって・・・分かります?」
「いや、・・・まて、闇の世界? なんだそれは」
「えっ?」
想定外の疑問に、
(なんだ、とはなんだ)
ふざけたことを思い浮かべていた。
「知らないのですか?」
「聞いたことがない。なんだそれは? さっさと答えろ」
「あっ、はい。えっと、ヒルビアが生まれた、とされる世界です」
彼に急かされたので返すと、
「それが闇? ・・・聞いたことがない」
本当によく分らない、と言った様子で声を漏らした。
「ふと、気になったのですが、ヒルビアが生まれたのはいつなのですか?」
「・・・正確には知らないが、原初の精霊に聞いた話によると、混沌の王の治世が行われていた頃だ」
「そうですか。分かりました」
ということは、『闇の世界』と『混沌の王による治世』が行われていた頃は同一なのか。
モンド先生から聞いたことも併せると、『永劫不変の混沌の王による治世』これを『闇の世界』と定義し、『万物流転のヒルビア』という後進が滅ぼしたのか。
(最高神ヒルビアが”闇”から生れ落ちた、みたいな表現があったのは、混沌の王に勝利したから、ってことだったのかな)
少々聖書の表現に納得しつつ、
「なにか、何かが足りない」
何らかのピースが抜け落ちているように思えた。
(なんだ? 何が足りない。・・・ナニカが足りない。一体何だ?)
重要な語句が抜け落ち、思考が完成しない。
ああ、気持ちが悪い。靄が掛かってるみたいに、出て来そうなのに・・・。
「すいません、さっき質問しましたけど、混沌の王に他の呼称はありませんでしたか?」
もう自分には出すことが出来ない、そんな予感に支配されてしまい、問いかけると、
「俺の知ってる範囲にはない、はずだ」
少し自信はないように見えるが、やはり、といった回答が返された。
部屋を見渡した。
そして、
「レイって何処行きました?」
何か知ってるかも知れない、と一縷の望みを掛け、彼女の名前を出すと、
「レイ?」
と返されてしまった。
(・・・あっ、そう言えば、私がつけた名前だった)
自分の馬鹿さに嗤いそうになりつつ、
「えーと、闇の精霊さんです」
補足をすると、
「アイツは・・・」
彼は部屋を見渡して、
「何処行ったんだ?」
私と同じような疑問を抱いていた。
「えっ、あのっ、分からないのですか?」
「さっきまで、そこらにいたはずなんだが・・・」
これは大変だ、レイを探さなくては、と詰まってしまった考えから逃れるように、レイを探すことにした。
「えっと、彼女が行きそうな場所とかって?」
「知らんな」
「あっ、そうですか」
レイとこの人って仲良くないのかな、少々疑問を抱きながら、探知魔法を使用した。
すると、少々離れているところで発見した。
「ちょっと捜してきます」
「あっ、おい、待て、迷うと危ないぞ」
「大丈夫です、心配しないでください」
(心配はしてくれるんだ。変なおじさんだな)
結構良い人なのだな、と思いつつ家屋から飛び出し、レイの方へと歩みを進めていくと、声が聞こえてきた。
レイの声とは似ても似つかない声。
所謂、男のしわがれ声が。
(一体誰だ?)
疑問を呈し、このままでは危険かも知れないな、と悪寒を感じた。
だが、色々と我慢をして、魔法で奴らの位置を注意しながら、レイの方に歩いて行った。
そして、レイを目視出来たところで、
「あっ」
少々イヤーな感じを男達の方から感じとった。
これはたぶん、大きな魔力だ。
「えっ、大丈夫ですか?」
「はい、私自身には問題ありませんが・・・」
心配げな彼女に返しつつ、男達の方を凝視するのだった。




