第365話 到着です!・・無理かも
(尻が、お尻が痛い!)
馬車の車輪が度々石の類を踏み、馬車が揺れるため、臀部への衝撃が辛かった。
もう嫌だ!と逃げ出したくなるが、
(走ってる馬車から降りるのは怖い!)
たいして速くはないのだが、地面との距離に問題があるため、逃げることは叶わなかった。
「・・・おっ、おじさん、あとどれくらいで着きますか?」
既に数時間と走り続け、
(流石にもう直ぐで降りれるだろう)
と逡巡したので、問いかけると、
「問題なけりゃあ、あと一時間ちょいだ」
精神的にも身体的にも辛い回答が返ってきた。
「あっ、あの、時間掛かりすぎでは?」
「そりゃあ、遠いからな」
「そうですけど・・・」
小さく呟き、
「これって、着く頃には夜になってませんか?」
予想を漏らした。
「そりゃあ、なるだろうな」
「あのっ、これって相当に運賃高くなりません?」
「・・・どうだかな」
「十万は超えませんよね?ねっ?」
「・・・」
「答えてくださいよ!ねえ!」
請求される金額に恐怖を抱きつつ、
(ぐぅ、そうだよな、現実的に考えて、こんな上手い話ないよな)
少々断っておけば良かった、と後悔を膨らませた。
(ああ、辛い。うん、辛い。もう嫌だー!)
天を仰ぎ、上に張られた布を一瞥し、瞼を閉じた。
時間もまだあるし、辛い現実から免れたい、と思ったのだ。
だが、
「痛い、無理だこれ」
やはり、といおうか、何と言おうか、無理でした。
臀部が限界故のジンジンとした痛み、これはたいして問題ではないのです。
なんだか痛覚がいかれてきたので。
でも、石を跳ね飛ばしたときのガタッと一瞬浮き、臀部に衝撃が走るときが非常に不味いのです。多少意識が薄れていても、叩き起こされてしまいます。
「立っても良いですか?」
立ちながら寝よう、と考え確認を取ると、
「倒れねぇ自身があるなら。でも、文句は聞かねぇぞ」
というのが回答だった。
「それじゃあ立ちます」
報告紛いのものをして、立上がり、
(あっ、やっぱ人間って立ってなんぼだな!)
ふざけたことを思っていると、
『ガタッ』
という鈍い音とともに、馬車が揺れた。
そして、
「イッっつ」
転んでしまった。
「だから言ったろ」
「そうですね」
少し馬鹿にした声に、
(マジで、イッてぇ)
と立上がったことを後悔しながら、腰を下ろすのだった。
…………
馬車の車輪が外れたり、泥にはまったり、多少のハプニングがありつつ、大体一時間半程度で臀部以外は無事に目的地に到着した。
(くぅ、痛い。マジで痛い。痔になりそう)
お尻を撫でながら、
「えっと、どれくらいですか?代金は」
ランプに照らされたおじさんに問いかけた。
「あーと、・・・三万くらいだ」
「あっ、案外安いですね。一日独占したのに」
「十万超えるだろうが、まけってやってんだ」
「良いんですか?」
「かまいやしねぇ。前回の運賃で貰った指輪、アレで儲けさせて貰ってるんでな」
「へぇ、売ったんですか。どれくらいになりました?」
少し気になったので問いかけると、
「一生働かねぇでも生きてけるくらい」
と答えた。
「・・・それって正規の手段で売りました?」
「世の中、交渉術がものを言うんだよ」
「えっ、脅迫でもしたんですか?」
「なわけないだろ、オラァ、清廉潔白を謳う商人だぜ」
少し冗談めいた言い合いをして、
「はい、どうぞ」
お金の入った袋を手渡した。
「一二三、よしっ、確かに受取った。そんじゃあな」
彼は馬車に乗り込み、私に声を掛け、馬車を巧みに操作し、離れていった。
「ありがとうございました!・・・おじさん!」
そう言えば声を聞いてないな、と気付きつつ、
(まあ、きっともう会わないだろう)
一期一会・・・既に二度目ではあるが、そう会うことはないだろう、と思ったので名を聞くのはやめた。
「・・・さて、どうしたものかな?」
月光が雲に遮られ、ただでさえ暗いのに、さらに暗い道で声を漏らした。
一応、今から徹夜コースでホーグランデンの方に行くって手もある。
まあ、馬車もないし、距離も距離である為、無理があるのだが。
たぶん、此処で一端ワープ魔法で帰る、というのが賢明だろう。
でも、
「宿ってあるかな?」
折角の一人旅なのに風情がないな、と思ってしまったので、少しの光を漏らす町の方へと歩いて行った。
「えーと、カンテラ、カンテラ」
適当に創り出しつつ、
(住人はいるよな)
思考を巡らした。
記憶が正しければ、あの町の住民は、私が幼い頃に全滅してる。
未だに理由は確定されていないが、ヒルビア正教がやったのでは、という説が優勢らしい。
古い記憶を思い出し、
「いるよな、人」
少々の心配を漏らした。
(光もあるし、それに馬車もあるし、復興もしてるんだろう、うん)
少し陰った希望ではあるが、心を躍らせながらカンテラ片手に町へと走って行った。
…………
「うん、無理だな、これ」
と広場のベンチに座り、独りごちた。
確かに人はいた。
それに、宿屋もあった。
だが!だかだよ!
宿屋は満室であるし、人の家に泊めて貰おうにも宿屋以外では、既に人が出歩いていないのだよ!
「さて、どうしたものか」
宿屋に併設されている居酒屋で寝させて貰おうか、最終手段を思い浮かべつつ、雲が散った為、見えるようになった月を眺め、呟くのだった。




