第357話 病は気から、とは言うものでありますが・・・
「ああ、つっらい。マジか・・・」
風邪を拗らせ、努力も虚しく、親睦会当日までに直すことは叶わず寝込んでいた。
頭痛と喉の痛みに文句を漏らしながら、
(・・・大丈夫かな?)
と色々な心配を起こした。
色々とあるのだが、一つに、アースベルトに進行を任して大丈夫なのか、という不信、そして、もう一つに、主催者が欠席していても大丈夫なのか、という不安でお腹が痛くなってきた。
「ああ神様、いるのなら私を救い給へ」
モンド先生以外の神様に、
「主よ、天におられます我等の父よ、私を大いに救い給へ。大いなる御手で私を守り給へ。不幸から、多大なる禍殃より遠ざけ給へ」
適当なお祈りを捧げた。
そして、その数秒後、
「随分と自己中心的な祈りだね」
と笑われてしまった。
「なにを言いますか、モンド先生。私の祈りのどこが自己中だと」
「いや、私、私、私って繰り返して、自分のことしか考えてないじゃん」
「まあっ、コホッ、コホッ・・・ゲホッ」
「大丈夫かい」
「えっ、ええ、グフッ、だっ、だいじょうぶ、でっす」
「いや、大丈夫に思えないよ。話すより、咳をしなよ」
「ありっ、がとうっ、ござっグフッ、ぃます」
ふざけた御礼を返し、その後は数十回咳を繰り返した。
喉だったり、肺だったりを痛め、なんだか掠れたような咳に恐怖を抱きつつも、
「ありがとうございます。先生」
落ち着いたのでちゃんとした御礼を言った。
「・・・君って風邪かい?」
「ええ、たぶん」
「風邪ってそんなに酷くなるものかい?」
「さあ?風邪から別の病気が誘発した可能性、風邪ではない病気にかかった可能性、両方否めませんが、なんの病気かは分かりませんので、可能性が高い風だろう、と判断しました」
「へぇ、そうかい」
(返答が雑だな、聞いた癖に)
少々不満を抱きつつ、チラッと時計を見て、
「もうすぐ始まってしまいますね」
声を漏らした。
「何がだい?」
「あれです、親睦会です」
「・・・そうみたいだね」
大変に気まずい空気に変えてしまった。
ああ、失敗した。
後悔をしつつも、
「先生、何か面白いこと話してくださいませんか?」
静かに懺悔をしたほうが良いのだろうが、如何せん暇なのでお願いをした。
「面白いこと?それって僕にとって?」
「はい、その通りです」
「うーん、そうだな・・・」
低い唸り声が部屋に満ち満ちた。
そして、数分の後、
「思い付かないや」
と諦められてしまった。
「ふふふ、そうですか」
このまま体調管理を怠った懺悔をしろ、と言われているように感じた。
すると、
「代価をくれるのならだけど、直してあげようか?」
提案をされた。
(魅力的に思えるけど)
受けたい一心もあるが、
「昨日ならば喜んだでしょうが・・・」
と断った。
「どうしてだい?」
「このようになってる人間が突然直ったら不審でしょう?」
「そうかもしれないけど、喜ばれるんじゃないかな?」
「疑惑、不信、その他色々の人間の感情というものは、抱かれないほうが大抵の場合は良いんですよ」
「・・・分からないね、僕には」
「まあ、私がただ疑心暗鬼であるだけです。分からなくても構いませんよ」
私が空笑いをすると、
「うーん、分からないのだけど、人への不審を抱くんだい?」
質問をされた。
「どうしてか、ですか?」
「うん。君には人を疑うに足る経験がないだろう?」
「まあ、経験はありません。・・・でも、ヒトの感情は理解してるつもりです。だから怖いことがあるわけですよ」
「感情、か」
「ええ、感情です。道徳心、自尊心だとか恐怖心、色々な感情があるわけです。何と言いましょうかね・・・信用は出来ても信頼は出来ないわけです。裏切りに闇討ち、知能、知性に対して無駄に地位が高いせいで怖いことが沢山です」
ちょっと自虐をすると、
「うーん、・・・体調が悪いからなのかもしれないけど、性格変わってるね。まるで、悪魔に魅入られたようだよ」
変な冗談を言われた。
「悪魔、ですか・・・。そうならば如何に良いことか」
「良いことには思えないけど?」
「身の丈に合わない私より、ですよ。・・・それに、魅入られていた、なんて言訳があれば失敗しても責任逃れが出来るでしょう?」
「ハハハ」
「なんです?嗤わないでくださいよ。私が大変に惨めになりますよ?」
「ごめんよ、ごめん」
どうして笑うのか、疑問をぶつけようとしたところで、扉が叩かれた。
(・・・誰だ?時間的にもう始まってるはずだが)
置いてある懐中時計を手に取ると、やはり既に始まっているはずだった。
「どうぞ、鍵は開いています」
何かやらかしたのか、と見当を付けて声を発すると、
「失礼します。お嬢様」
アリアさんの声が聞こえた。
扉が開かれると、少し驚いたような顔をされた。
「どうしました?」
要因を問いかけると、
「・・・起こしてしまい、申し訳ありません」
よく分らないことを返された。
「ずっと起きていましたよ?眠れませんでしたから」
「それでは何故灯を付けず?」
「まあ、それは贖罪というか、なんというか」
申し訳なさを感じつつ、
「それで、どうしました?」
やって来た要因を問いかけた。
「お嬢様にお客様です。お断りすることも出来ますが、どう致しましょうか?」
「そうですか、・・・このような状態を見せるのは失礼に当たりますね。着替えを手伝って貰っても?」
「勿論です」
そして、久しぶりにベッドから立ち上がり、よろめきつつも頑張って耐え、着替えて居る途中に、
「誰が訪ねてきたのです?」
と問いかけた。
「ファイアウェル大公家のフォルティナ様、それとユーレン伯爵家のマリア様です」
「マリーちゃんですか、久しく話していないので少し緊張しますね。・・・つつがなく進行は出来ていますか?」
「勿論です。粉骨砕身の努力で勤めさせて頂いております。アースベルトが」
「ふふ、そうですか。後で『急な頼みだというのに、果たして下さりありがとうございました』とお礼を伝えてください」
少々呑気に思える会話を続け、いつもより少し緩い服に着替えさせて貰ったところで、
(これで大丈夫かな?)
と不安になりつつも、
「フォルティナ様を連れてきてくださいませ」
蝋燭を灯すアリアさんにお願いをするのだった。




