第355話 馬乗りとお話
ローブの男を押倒し、喉元に剣を突きつけた私は、
「最初の質問です、貴男はヒルビア正教の雇われですか?」
少し腕に力を込め、問いかけた。
「・・・どうだかな」
ふざけた返答を聞き、
(あんなにちゃんと負けたのに、未だに抵抗心を失わないんだ。正教の教育の賜か?)
恨めしく思いつつ、
「ハハハ、どうでしょうね?教えてくださいよ」
ちょっと押し込んだ。
「っ、やっ、やめろ!クソっ」
「言葉遣いには気を付けましょうね、私の手が滑って、貴男の首を刺してしまうかも知れませんから」
「わっ、分かった。分かったから、それ以上力を込めるな」
「私が嘘だと判断しても刺すので、宜しくお願いしますよ?」
「くっ、狂ってる。頭が可笑しい」
「ハハハ、・・・何か言いました?」
「いっ、いや、なんっ、何にも言ってない」
「そうですか、良かったです。てっきり侮辱されたと思いました」
笑いながら彼に言う。
目が見えないので正確には分からないが、たぶん頭の可笑しい子を見る目で見られていると思う。
そんな感じの視線を感じるし。
「さて、それではもう一度問いましょう。貴男はヒルビア正教の雇われですか?」
「・・・あっ、嗚呼、そうだ、その通りだ」
「では、なぜ雇われに?魔法使いならば引く手数多でしょう」
「前の雇い主が死んで、職探ししてたら誘われたんだ、こっちで働かないか、って」
「へえ、そうですか。・・・貴男は、ヒルビア正教の本部の雇われですか?それとも傘下、下部組織の雇われですか?」
雇われた経緯が判明し、詳しい雇用主を探るため問いかけた。
(コイツ、理解してるのかなー)
少々の心配とともにだったのだが、
「あっ、彼奴らだ、ヒルビア正教審問会の奴らだ」
心配は裏切られ、無事教えてくれた。
「・・・審問会?」
数度聞いたことのある組織名だったので、反芻していると、
「あっ、ああ、審問会の奴らだ」
と肯定された。
(審問会って、人を異端者だとかいって処刑してる集団だよな)
アッシュに貰った本、それと月桂樹商店にあったギロチンに関係してる組織だ。
それがコイツを雇って居たのか、・・・確かに鉄砲玉としては優秀か。
「審問会はナニを行う組織なのですか?」
「・・・内密にしてくれるよな?俺が漏らしたこと」
「ええ、勿論です」
緊張気味な声に、
(漏らしたら殺される可能性が否めないのか。・・・自分たちから、自分たちの悪行に関する本を出してるくせに)
少々不思議な組織だな、と思った。
「あの組織は、正教内の不信者と裏切者の粛正、それとホーグランデン国内の統率、それと反体制派の粛清を行ってる」
「秘密警察のようなものですか?」
「いっ、いや秘密には一際されてない」
「では、『怪しき罰せよ』で動いて、冤罪を擦り付けて粛正する組織、ですか?」
「あっ、ああその通りだ」
(チェーカーみたいな過激組織か)
少しだけではあるが、記憶にあるソ連の組織を思い出す。
そして、
(・・・もし、超過激派だったら東部に移しただけでは、暗殺されてしまうかも知れないな。愚策だったか?
わざわざ西部と中部を越え、締め付けの厳しい東部に行くだろうか?コイツ程度に・・・)
悪い可能性を考えついた。
「それで、審問会内での貴男の立ち位置は?」
「俺はただの構成員だ、ナニもない」
「構成員としての仕事は?」
「・・・暗殺だ」
「そうですか、分かりました。・・・貴男が暗殺される可能性は?」
問いかけると、彼は沈黙を返した。
たぶん目を泳がせているのだと思う。目が見えないから分からないけど。
「早く答えないと、今この場で私が刺しますよ」
「あっ、ある!ある!暗殺される可能性はある!」
「暗殺される理由の心当たりは?」
「伝統だ」
「伝統?」
「ああ、捕まった奴を殺す、奴らからしたら、腐ったパンを捨てるのと同じだ」
「・・・まあ、気を付けてください。貴男は私の交渉の末、帝国東部の紛争地帯に飛ばされます。暗殺に気を付けながら、敵を蹴散らしてくださいな」
一応は忠告をして、聞きたいことを続けた。
「貴男は、ヒルビア正教、審問会への忠誠心はありますか?」
と。
「・・・あるわけがねぇだろ」
「それでは神を信じてますか?」
「本当に居るんなら、俺がこんな目に遭うわけがないだろ」
「フフフ、良かったです」
「・・・キモっ」
(嘘か本当かは分からないけど、相手側でもこちら側でもない金と保身で動く中立か)
信用も信頼も出来ないし、裏切られる可能性も高いのだが、まあ大丈夫だろう、と考えた。
コイツが帰ったとして、冤罪と嘯いても『犯罪者』と判決が下された男を匿うというのは、外聞が悪いだろうし、基本的には大丈夫だろう、と。
「さて、これで私が質問したいことは終わりです。貴男は何かありますか?」
利かなくなっていた目をゆっくりと開き、彼に問いかけると、
「お前の目的はなんだ?」
と問われた。
「私の目的は実験ですよ。貴男のような魔法使いを戦線に投入したとして、如何ほどの被害を相手方に出すことが可能なのか、それを知るための実験です」
「おっ、お前がそれを知ってどうしたいんだ?」
「特に何もないですよ、目的なんて。・・・強いて言うならば、知りたいと思ったので検証するだけです。趣味みたいなものです」
少々畏怖に染まった顔に心外だ、と思いつつ、
「それで、他に質問は?」
と問いかけたのだが、特に返事はなかったので、
「もうないんですか。・・・それでは、さようならですね」
防音のために掛けていた魔法を解き、扉を三回叩いた。
そして、
「大丈夫でしたか?お嬢様」
扉が開くが否や問いかけられた。
「ええ、大丈夫でしたよ。少々襲われはしましたが、私の方が強かったようです」
「ハハハ、それはそれは」
(信用してないな、その声と顔は)
ジトーッと見つめ返し、
「あっ、君はブルータスだったか?」
兵士の少年に声を掛けた。
「はっ、はい!その通りであります!」
「元気が宜しいですね。あと、剣を長い間拝借してすまなかった、それとありがとう」
「いっ、いえ!とんでもありません」
(少しばかり喧しいな)
と思いつつも、
「さて、アースベルト帰りましょうか」
適当に声を掛け、そのまま帰路につきました。
「お嬢様、気分転換にはなりましたか?」
少し日が暮れ始めた帰路にて問われた。
(ああ、そう言えば外出の目的、気分転換だったな)
忘れていた主目的を思い出し、
「えっ、ええ、なりましたよ」
と返答を返した。
「・・・気のせいかもしれませんが、お嬢様の声、なんだかいつもと違いませんか?」
「はっ?えっ?そうですか?声の出し過ぎで、枯れてしまったのでしょうか?」
「いえ、そんな感じではないのですけど、・・・少し鼻声と言いましょうか・・・」
「そうですかね?」
よく分らない指摘に、
(声、枯れちゃったのかな。・・・花粉症か?でも、目とかは大丈夫だし)
少々心配が湧き出るのだった。




