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第3話 お師匠様の特訓

 お師匠様がお母様に殴られ、連れて行かれたあと、僕は今後の事を考えていた。


 女子なのに加え、令嬢であるのに『僕』って漏らしたらやばいかな。

 普通は『(わたくし)』だよな。……いや、『(わたし)』で良いか。考え事をしている時に『僕』って使い続けてたら、いつか漏らすよな……。前世でもやった事あるし。

 じゃあ頭の中でも『私』って使うか。よし、そうしよう。


 一人称を決めたあとは、お師匠様が帰ってくるのを待っていた。しかし、その日に彼が帰ってくることはなかった。

 いやあ、不思議なこともあるものだ……。


 ・・・・


 翌日、痣だらけのお師匠が勉強を教えに来てくれた。


 その様子に少し引いた。

 何をされたんだよ。おっそろしい。

「大丈夫ですか?」と問いかければ、彼は言う。

「あぁ、大丈夫だ」


 くぐもった声に思う。どうか大丈夫なんだ?

「どうしたんですか」と恐る恐る問いかける。

「聞かない方がいいぞ」と少し脅すような声で返された。

 恐ろしいなお母様……。今後は怒らせないようにしよう。


「そっ、それで、今日は何をするんですか、先生」と気分を変えて、明るい声を出す。

「今日は剣を教えてやる。それ以外は教えるな、って言われたからな」と彼に嫌な空気に戻されてしまった。


 なっ、何だよ。私に皮肉でも言いたいのか! 関係ないぞ。私は何も悪くないんだし!

 少し警戒しながらも、わっ、わあ、そんなことお母様言ったんだと少し驚いた。


「そっ、そうですか。取りあえず、何をやれば良いんですか」と再度気分を変えて言う。

「走れ、死ぬほどに走れ。自分の限界に挑戦しろ」と意味の分からない事を言われた。


まさか母様のやった事の復讐か。みみっちいぞ。こんな幼子にそんな事をするなんて!

「どうして、ですか」と至極当然の質問をする。

「体力を付けるためだ。体力がないと剣は振ることが出来ないだろ」と、至極当然のことを返答された。


「そう、ですか」と反論の余地も浮かばずに、返答に困った。

そうしてどうにか出来ないか、と考えていれば叱責を飛ばされた。

「さっさと走れ」


ええ、嫌なんだけど、と思いながらも走り出した。そんな私に待っていたのは、

「もっと早く走れ。そんなんじゃ、チンピラからも逃げれねーぞ。違ーよ。ただ走るんじゃ無くて体力残しながら速く走れ。馬鹿じゃねーのか」

 というとても素敵な激励(罵倒)でした。


 この暴言は一体何の目的があるんだ。やばい、気持ち悪くなってきた。死ぬぅ。やめたい! 吐きそう……。

 色々と文句を漏らしながら、無駄にでかい庭を走っていると更に罵倒がされた。

「頭ん中で考えるんじゃねー。さっさと走るのに集中しろ。馬鹿野郎」


 頑張ってるのに……。てか、これは常識的に可笑しいだろ。私、一応幼女ぞ。ふざけてる。そんなに走れるわけないだろ。馬鹿だろ。本当に阿呆だろ。


 数時間にも及ぶランニングでは、延々と激励という名の罵倒が続けられた。

 そして、体力をセーブしようものなら罵倒され、全力で走って遅くなっては罵倒され、そんなことを繰り返していると必然的に疲れが限界に達してきた。


(あっやばい。口の中から血の味がしてきた。肺が痛い。小中学生の時のマラソンを思い出す。高校でも全力ダッシュをしたか、あははは)

 昔の情景を思い出し、頭が可笑しくなるような錯覚に襲われた。

「もっと速く走れ。さっき言ったこと、もう忘れたのか? 単能野郎」

 暴言が聞こえてきたような気もしないでもないのだが、きっと気のせいだろう。ていうか、もう知らない。知ったことじゃない。


(あっ、さらにやばくなってきた。目眩もし始めた。吐き気もし出した。これ絶対にやばい奴だ。まさか、このままランニングで死ぬとかないよな)

 ちょっとだけ変な妄想が湧き始めた。

 ランニングで死ぬなんて恥ずかしすぎる。そんなの一生の恥だ。


(あ~やばい。死ぬ。死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ)

『死ぬ』という言葉を噛みしめ、反芻し続けていると、次第にそんな気がしてきた。本当に死んでしまうのでは、と。

そんな調子で居ると、がなり声が聞こえた。

「休憩してもいいぞ」と素晴らしい、本当に素晴らしい、この世のものとは思えぬほど、素晴らしい言葉である。


 徐々に速度を落としていく余裕なんてものはなく、直ぐに完全に止まる。すると一瞬強烈な吐き気を催したが、何とか耐えることに成功した。

(次からは絶対に、ぜっったい、あんな速く走らねー)と心の中で破られそうな誓いを立て、「はぁ、はぁ」と死にそうなほどの浅い息を繰り返した。

ふと、これ乳酸で凄まじいことになるのでは、と思った。

しかし、もう遅いので考えないことにした。


そんな私に、師匠は声をかけた。

「結構いけてんな。おめぇ、すげーな」とお褒めの言葉である。


それは案外に嬉しいものだった。でも、絶対に許さない。この恨み、どうやって晴らしてやろうか……。

 彼を恨めしげに睨んでいると、彼は笑い出して言う。

「っぷ、お前の顔面白いな」


 一応、私は結構美人だと思うんですけどね。……てか、普通は心配するでしょ。例えどんなに面白い状態だろうと。前世の私だって、笑わなかったんだぜ。


「あとっ、休憩は、っ何時間ですか」と重要な事を息絶え絶えに聞く。

「何時間もある分けねーだろ。馬鹿か?2分だ、2分で息を整えな」と彼はふざけたことを言う。瞬間この男が悪魔に豹変したようにさえ思えた。


「無理です、無理です。絶対に無理です。絶対に、絶対に今度こそ死にます」

 残った力を振り絞り、首を横に振った。

のだけれど、返答は簡素なものだった。

「変えねーよ」とあっさり切り捨てられてしまったのである。


 ふざけてる! 死んでしまうよ! リアルマジで、本気で死んじまう!

嫌な妄想が止まらずに、私は彼に縋付いて言う。

「本当に無理です。今度こそ、本当に死にますよ。良いんですか?」

「そんなに言っても、変えることは出来ねーよ」とちょっとばかしではあるが、考えるような声音が混じった。


……あっ、これはいけるな。

好感触に確信を覚え、更に駄々をこねる。

「お願いしますよ先生。お願いします。どうか」

 お願いだから、頼む。頼みます。本当に! いやあ、私は思うんです。時には慈悲が大切だとね。ねっ! だから、頼みます!


「う~ん、しゃあない。伸ばしてやる。感謝しろ」と、私の思いが通じたのか彼は言ってくれた。


よっしゃ! 最高、本当に愛してる。ホントに、やっぱり神みたいな人だわ。いやあ、信じてた。中高の頃にいた。異常に優しい、文系のおじいちゃん先生くらいに大好きだわ。


 心の中でガッツポーズを取りつつも、彼の言葉に耳を傾けた。

「よし、じゃあ、一時間だ一時間に延ばしてやろう」ととんでもなく伸ばすことに成功した。やったね。これで休みは、58分増えた。よっし。


 これ以上は望まない。望んだら神が、天罰を与えるだろうから。

 だから、休み時間もう変わらないでくれよ。ガチで頼む。神様。



 さて、私の願いは天に通じ、一時間という長時間の休みが貰えた。

 そして、そんな中で私はふと考えた。何故、貴族令嬢らしいことを一切やらずに、こんなことをしているのだろう、と。ホントに、不思議だー。

 ……まあいっか、お父様とお母様から何かやれ、って言われてないし。


(よし、これから一時間の休みを満喫しよう)

 無駄なことを考えるのをやめ、水に口を付けて深呼吸を何度も、本当に何度も繰り返した。そして、軽ーい運動で身体をほぐした。

 どっかで軽い運動しないと、筋肉痛になるみたいな事を聞いた事があるので、取りあえず実践してみた。


 ・・・・


 さて、そうこうしていると休憩が終わってしまった。終わってしまったのである。ああ、また走るのかー。嫌だなー。

 陰鬱とした気分で空を見上げた。

すると、お師匠様から声が掛かる。

「よし、剣の練習するぞ」と言うものである。


私の脳裏には幾つもの疑問符が浮かんだ。あれっ、体力がないと剣を振れないんじゃ……。

何故かと問いかけて、ランニングが再開する可能性を感じ、私は大人しく応えた。「はい、分かりました!」





 さて、私は今、どうしてこうなったのか、と考えている。

 目前にはお師匠様が剣を構え、こう声をかける。

「もっと力強く踏み込んでこい」


……どうして私は今打ち込みをしているんだ? 素振りとかしないの? たぶん西洋剣術とか言うヤツだよね。私、知らないよ。剣道も知らないし……。

 よく分らない現状を思いつつ、自分の出来る限りの力を足裏に込め、駆け出した。そうして勢いそのまま剣を天高く掲げ、振り下ろそうと考えていた。

 しかし『カンッ』という小気味よい音を残し、転倒した。


……いやあ、木剣って重いね。いやあ、こんな重いんだね。筋肉がないのか。

敗因を分析していると、師匠が近づいてきた。

「おい、大丈夫か」と言いはするものの一切心配をしてない様子である。

 そしてまたまたよく分らないのだが、前世の私が絶対に「あっ」と言わせてやると闘志を燃やし始めた。

どうやれば師匠を倒せるか、と脳がフル回転し始めた。


 それで私の頭の中に出た答えは、たった一言で単純明快なものだった。

不可能、うん。ただこの一言に尽きる。


 だって、前世で剣を振った事なんて無いし、新たな剣術を生み出せるほど賢い訳じゃないし、センスもない。才能なんてないんだもん。だからさ、勝つなんて『絶対に不可能』以外の答えはないでしょ。

 はあ……。まあでも、取りあえずやろう。やるしかない。やらないと。やられかねない。てか、やらないとやらないで面倒臭そう。ハア……。


 女の子の華奢な身体に入れれるだけの全力を込め、渾身の力で地面を蹴った。

 そして、(師匠)に可能な限り近づいたところで、足から身体に、身体から腕に体重を移していき、全力で(師匠)の剣に剣を打ち込んだ。


 そうして体重移動が間に合わず、手も間に合わずに頭から倒れた。

 ……スッゴい痛いです。もう嫌だぁ。剣術なんてしたくない。ていうか、運動もしたくない。センスというか単純な基礎能力がないもん!

修正おわり 2024/07/24

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